戦後処理にまつわるエトセトラ


「おのれ〜、あの女狐めえええええええ!!純真なルージ殿をたぶらかしてからにイイイイイイ!!」

「ダ・ジン様、あまり興奮されますとお体にさわりますよ」

「何を云っておるかっ?!我等が新生キダ藩の未来がかかっておるのだぞ!」

 ルージが帰郷してから3日後、トラフからズーリに戻ったダ・ジンは、以降連夜のようにキダ藩の重臣連を集めて、城の一室で会議を開いていた。
 一応、キダ藩再興に向けての「準備室」設立の為の会議であり、「藩」という、この世界にあっては比較的珍しい政治システムを、どのようにして再構築していくかが、メインの議題になっているのだが、その中で「レ・ミィ姫の婿取り」について話が上がった瞬間から、会議はとんでもない方向に踊り出し始め、以降、のっけからルージを色仕掛けで連れ去ってしまった(キダ藩家臣団的には、そういうことになっている)コトナ・エレガンスへの怨嗟が炸裂しまくっているのである。

「確かに以前から怪しい怪しいとは思ってはいましたが……」

「そもそもジーン討伐に加わったのも、ルージ殿に媚を売る為という話もありますし――」

「全く以って不純な!」

「せめて、あの局面で何か手を打てていれば――」

「左様」

「姫もあれもあれで肝心なところで人の良いところが出てしまうからな……」

「そもそもルージ殿もルージ殿だ。姫というものがありながら――」

「まったくです」

「いっそトラフで既成事実の一つでも作ってしまえば――」

「わわわ、それはダ・ジン様、いくらなんでもラディカルすぎるのでは?」

「とにかく、あの女狐から、ルージ殿を一日も早く引き離し、将来への布石を打っておかねばならぬな」

 それはもう、姫を思う家老というよりは、既に計略を張り巡らせている家老の目であった。

「ルージ殿が我等が藩に加わり、ゆくゆくは姫の婿となっていただければ、将来的にも安泰というもの。それどころか以前以上の発展すら期待できましょう」

「あの『救国の英雄』ルージ殿ならば、お相手として十分。姫も納得されましょう。何より、あの姫を相手に耐え忍び強く生き抜くことが出来る人材は、この地上にそうはいますまい」

「これ、少々口が過ぎるぞ」

 忠誠心厚い彼らは、レ・ミィの幸福を第一に願っている。
 これは間違いない。
 それでも、しかし、キダ藩の役人でもある彼らは、これから再興し、発展に向かっていく藩の事を考えれば、どこかに打算が入り込んできてしまうのも事実なのだ。
 それが、国を預かっている彼らの立場であり、哀しいことに現時点では、次期藩主に最も近い立場にあるレ・ミィにとっての現実なのだ。
 ルージをどういう形であれ、新生キダ藩に引き入れることになれば、戦後世界の中で、かなり他の国家に対し、優位に立つことができよう。現況の世界のパワーバランスを考えれば、一番座りの良い形であることも確かだ。
 
「やはり、雷鳴のガラガ殿か」

「ええ、彼を上手く利用すれば、逆転は十分可能と踏んでいます」

 何せコトナのこととなると、こと盲目的になりがちなガラガのことである。
 ルージ達がトラフを出た直後、ガラガは当然のように追跡を試みた。が、デッドリーコングは事前にコトナの手によって行動不能になるような細工が施されており、最短でも10日間は身動きが取れない状態に追い込まれてしまった。
 さすがのガラガも、これに関しては今までの人生の中においても最大級でヘコんだらしく、周囲の人間によれば、声をかけるのもはばかられるような雰囲気であったという。

「双子の妹も、今後の不確定要素として、注意はしておかなくてはならないと思わます」

「まだアイアンロックに残っているようだが、今、トラフに来られると、少々厄介だな。あの男のことだ、代用品として、追いかけ始める可能性も否定できん」

 さりげなく、黒い表現が飛び出す。
 ここに来て、作戦会議らしくなってきた。

「名はリンナといいましたかな、幸いというか何というべきか、あの女狐に比べると、やや性格や色気もおとなしく、今のところ、ガラガも興味を示していないようです。まあ、もっとも、それ以前に身持ちの固さに関しては、姉以上に堅牢強固。さらに腹心のガードもありそうです」

「どこかでルージ殿達を何とか足止めは出来ないものか」

「少なくとも、ルージ殿のご家族らが疎開しているハラヤードは絶対に通るはずです。そこで何とか」

「ムラサメライガーとの速度差と、何日か滞在することを考えても、追いつくのは難しいぞ」

「別にスグに追いつかなくても良いのです。元々、あの女狐めは、ハーラ公の配下として賞金稼ぎをしていた時に、ルージ殿に近づいてきたわけですから――」

 その瞬間、灼熱のティ・ゼの眼が輝いた。

「そうかっ!」

「そうです。ハーラ公が、あの女狐めに影働きを依頼せねばならない状況を作り出せばよいのです」

「なるほど」

「極端な話、ニセ情報の一つでも流しておけば、その間に距離を詰めることができます」

「ただ、ゾイドなどを使ってあまり大掛かりになると、人の良いルージ殿もハラヤードに残る可能性があるから、その辺りは注意しておかないと……さらにいえば、ハーラ公に我々の動きを察知されると、かなり厄介なことになりましょう」

「ならば、ディガルドの残党が、ルージ殿への刺客を放ったということにしてしまえば、よろしいかと。コトナ・エレガンスの性格を考えれば、ルージ殿らを先に行かせて、自らはハラヤードに残る選択をする可能性が大です」

「そこで、上手く始末したいところだな――」

 ニヤリとするダ・ジン。

「始末するとは、またダ・ジン様も人聞きの悪い」

「何も命を取れとは云わぬ。あれは相当な手練れじゃ。とにかく、ルージ殿と引き離せば、良いだけの話。それも出来るだけ長く。まあ、『不慮の事故』ということも往々にしてあるがな……フフ……」

 ダ・ジン自身、今の己の表情は、とても殿や姫には見せられないな、と思う。いや、それはこの部屋で秘密会議をしているメンバーに共通する思いであった。
 それにしても、会話の内容のノリは、もはやちょっとした悪の組織のものである。
 現在に至っても尚、残務整理の為、トラフに残っているラ・カンが事の仔細を知ろうものなら、烈火のごとく怒るか、あるいはショックで倒れてしまうか?
 ただ、こうして、ある種の汚れ仕事を嬉々として(?)こなす面々が、しっかりと下から支えているからこそ、ラ・カンは藩主として、限りなく清廉潔白で居られたのかも知れないのだ。

「とにもかくにも、これで首尾よく事が運べば、藩再興に向けて一層、勢いがつくというもの」

「そうなれば、我等が新生キダ藩も安泰ですな」

「ならば、今すぐにでも――」

「御意」

 そして、室内が、なんとも不気味な笑い声に包まれ、一息ついた時のことだった――。

「さっきから黙って聴いてれば、何を勝手なことを――」

 引き戸の向こうからの声に、一瞬静まり返る室内。

「だ、誰だ!?」

「も、もしや、その、ろ……声は?!」

「ひ、姫っ!?」

 引き戸が勢い良く開く。
 そして、そこには、仁王立ちしたレ・ミィの姿が。

「い、いつズーリにお戻りに?!」

「連日連夜の如く、こそこそと集まっては何をしているかと思えば――」

 怒髪、天を突く勢いで登場したレ・ミィにより、秘密会議の部屋は、一瞬にして、煉獄の戦場と化した。

「このレ・ミィの眼は節穴とでも思っていたのかしら?」

「い、いつから、そこに?」

「そうねえ……ところで、ダ・ジンのおじさま、『既成事実』ってどういうことなのかしら?」

 にこやかに問い掛けるレ・ミィ。その一方でハラワタが煮えくり返っているのが、手に取るように分かる。
 どこでこういう技術を身に付けたのだろうか?
 そういえば、今は亡き彼女の母親レ・ミレがキレた時に表情が似ている。
 そうだ、これは遺伝子の仕業なのだ。そうとしか考えられない。
 だとすれば、この笑顔は、間もなく始まるであろう惨劇へのプレリュードなのである。
 そこまで理解した瞬間、ダ・ジンら古株の家臣は戦慄した。

「ひ、姫、それはその……これはキダ藩の将来に関わる大切なことなのですぞ」

「姫、ここはダ・ジン様のお気持ちを慮って、どうかお気を鎮めてください!」

「姫!」

「姫っ、どうか――」

 そんな理屈で、「恐怖の丸焼き料理人」、「戦慄の暴れ姫将軍」などの二つ名で、敵味方問わず震え上がらせたレ・ミィが気を鎮めるわけが無いのは明白である。

「問答無用!全員そこに直りなさいっ!」

「それは出来ません!」

 そりゃそうだろう。
 最近、公務に追われストレスも溜まっているらしく、2ヶ月前には、外出してきたと思ったら野生のウシモドキを素手で殴り殺して、そのまま丸焼きにしてみせた姫様のことである。そんな勢いで襲われたら、無事では済まない。
 たとえ、ここで肉体を破壊されることはなくとも、間違いなく今はトラフにいるラ・カンの下に報告が上がることであろう。
 それはそれでも無事では済まないことには変わりない。
 となれば、彼らに残された道は、この場から戦略的撤退をしつつ上手く取り繕い、なおかつ後で、あらゆる方法を駆使してレ・ミィを懐柔する以外に無い。

「総員、散開!」

 ティ・ゼの声と共に、全員が逃亡を図る。
 が、それは、今のレ・ミィの前に対しては、空しい抵抗にしか過ぎなかった。
 逃げ場を求めてパニックになった家臣達に、レ・ミィが閃光のような動きで襲い掛かる。

「乙女のキチンシンク!乙女のソバットッ!乙女のカエル跳びアッパー!」

 瞬く間に、哀れ3名が、床に沈む。

「ぼ、ぼ、暴力反対〜!」

「やかましいわっ!!」

 強烈なボディブローがア・ランに炸裂。そして、膝をついてしまった彼には、更なる悲劇が襲いかかる。

「くらえい!乙女のシャイニング・ウイザードッ!!」

「ぎゃあ!」

 強烈な蹴りがアゴに捕らえ、ア・ランは無残にも後方に吹き飛ばされ、昏倒した。

「ひぃっ!誰か、誰か居らぬか?姫が、姫がご乱心じゃ!」

「誰が乱心者じゃああ!!!!」



 数分の後、一通り暴れたレ・ミィの取り調べ(とは名ばかりの拷問――某家臣談)により、ことの経緯と詳細を自白させられるに至った一同であった。

「しかし、姫様、あの女狐――」

「女狐呼ばわりは止めなさい。仮にも元仲間だし、コトナが居なかったら、今の私たちは無いかも知れないのよ」

「では、姫様は、あのコトナ・エレガンスにルージ殿を奪われて、平気だとおっしゃるのですか?」

「べ、別にルージのことなんか関係ないでしょう?そ、そりゃ、この私の目の前であんなことされたら……ムカつかないっていったらウソになるかも知れないけど……っていうか、ルージの奴には、今度会ったら、『キダ菩薩掌』をお見舞いしてやるわ」

 一瞬にして相手を急性パンチドランカー状態に追い込むといわれている幻の大技の名を聞いて、思わず、震え上がる家臣一同。

「ルージ殿を必要としているのは、何も姫様だけではないのです。我々キダ藩の家臣、そして民も、藩の再興、その先の発展の為には、ルージ殿の存在が必要なのです」

「あんた達ね、ルージを何だと思っているの?ルージは、道具じゃないのよっ!」

 もし、この場にコトナが居たならば、恐らく同じセリフを吐いていただろう。
 もっとも、彼女も、出会った当初のことを思えば、他人のことを言えた義理ではないのだろうが。

「道具だなんてそんな――」

「ルージはね、ディガルドの国が占領されていた世界中の人たちみんなにとって――いいえ、崩壊したディガルド本国で暮らしていた人たちにとっても必要な存在のよ。あたし達のところだけに縛り付けておくわけにはいかないわ。それに、アイツにだって、アイツなりにやるべきこともあるし、やりたいことだってあるはずよ。それを邪魔する資格は、あたし達にも無いはずよ」

「しかし、姫……」

 実のことを言ってしまうと、多くの家臣たちも、レ・ミィのルージに対する恋は、現在の状況を考えると、成就するには、やや厳しいと考えているフジがある。
 一番良いのは、今からでも殿=ラ・カンが結婚をして、頑張って、跡取りをこさえてもらうことなのだが、現時点で、それが実現する可能性は、あまり高くない。仮に結婚の相手が見つかったとしても、一説によると長年にわたり彼の妹――つまりは、レ・ミィの母親の得意技の餌食になりつづけていたことにより、身体機能に重大な問題を抱えているという説もあり、予断は許さない。
 本当のことを言ってしまえば、レ・ミィだって、コトナの同行をあらゆる手段を使ってでも阻止したかった。それどころか追いかけていって、自身もミロード村まで付いていきたかったのだ。しかし、自らが置かれている立場が、それらを許さないことは、彼女自身も承知している。
 そして、その足かせこそが、コトナに対する大きなハンデになってしまっているのだ。

 そんな状況だからこそ余計に、ダ・ジン、ティ・ゼ以下のキダ藩家臣団有志一同は、不器用ながらも懸命に思いを寄せ、伝えようとしていた姫の思いを遂げさせてあげたい、と願って止まないのだ。

「と・に・か・く!この話は、ここでおしまいっ!そんなに藩のことを思っているのなら、こんなバカみたいな策略にエネルギーを割いてないで、もっと、今、この街で暮らしている人たちが、どうしたら安心して生活できるかを考えなさいっ!ヨソの街から疎開してきた人もいるし、先の空襲で済むところや家族を失った人たちもいる。それどころか孤児になった子達もいるのよ!!アンタ達、そこのところ本当に分かってる?!」

 レ・ミィは、それだけの言葉を一気にまくしたてると、部屋を出て行った。
 とりあえず、嵐は過ぎ去ったと、安堵の息をつく家臣たち。
 
 ――しかし、いくら、姫が止めたとしても、ここで我々も引くわけにはいかない。
 ルージ殿と結ばれたとしても、政略結婚の色合いが強くなるのは、否定できない。
 ただ、どうせ政略結婚ならば、望まぬ相手と結ばれるよりは、少しでも好意を寄せる相手と結ばれた方が、絶対に良いに決まっているではないか――。
 
 つまりのところ、彼らは、いつまででも姫=レ・ミィの笑顔を見ていたいのだ。
 そして、彼女の笑顔こそが、復興への道を共に歩む、藩の民たちに大きな勇気を与えることになると信じているのだ。

(でも、『ゲームセット』には、まだ早いかな……)

 戦い(?)は、まだまだ始まったばかりである。



―了―


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