時の流れに身を任せてなんか居られない。
〜「ありのままでLovin’U」改題〜
「いい天気ね……」
新生キダ藩の暫定首都となっているズーリ。その中心に位置する城の天守閣から遥か向こうを眺める藩主継承権第一位の少女は、つぶやいた。
ディガルド武国との戦闘が終結して、半年。
これでもかと晴れ、澄み渡った青空とは裏腹に、世界は混沌としており、いつまたどこかで新たな戦乱が起きるか予断は許さない。
戦争末期の武帝ジーンやディガルド軍の数々の暴挙により、焦土と化し、あるいは廃墟と化した街は数知れない。
冗談ではなく、戦闘が最も激しかったズーリ〜トラフ周辺の地域では、人口が激減していた。
葬式を執り行う聖職者、シャーマン、僧侶といった人々もあまりの仕事の多さに過労死寸前に追い込まれた者も出たという、笑えない話もあるくらいだ。
そして、命からがら生き延びたものの、当ての無い難民生活を余儀なくされている人々も相当数にのぼっている。
そのような人々をキダ藩は、積極的に受け入れてはいるのだが、元から居る住人達やソラシティの元住人達との三つ巴の対立が起き始めている。幸いにも対立は、まだまだ軽微なレベルで収まっているが、為政者側としては心配は尽きない。
もっとも人が集まってくるおかげで、ズーリの街は、一部スラム化の危機を感じさせつつも、バイオラプター・グイによる大空襲の痛手から、よどみの無いペースで、着実に復興を遂げているのも事実だ。
また、旧ディガルド残党の中でも親ジーン一派の暗躍も頭が痛い。
バイオゾイド開発などに関わった科学者が、ディガルド武国崩壊と共に、散り散りになって姿を消しており、彼らの中から、復讐の牙を剥く者が現れてもおかしくはないし、文字通りジーンを神として崇め奉る一派が存在するとのウワサも聞こえてきている。
そして何よりも、ここに来て、覇権を巡る国家同士の駆け引きが散見されつつある。
「ふうっ……」
そりゃ、こんな状況になれば、レ・ミィでなくともタメイキの一つでもつきたくなるだろう。
「こういう時こそ、ルージ殿がいて下さると良いのですが」
「散々云っているけど、それは云わない約束でしょ、ダ・ジン」
こう云ってはなんだが、討伐軍を編成していた当時にあっても求心力という面では、限界を見せてしまったラ・カンだけに、基本的に自国に専念という政策は、ベストとは言わないが、一つの見識であろう。
ルージが1ヶ月以上にわたる悪戦苦闘の末、故郷の村のジェネレーターを復旧させて以来、村の復興は着実に進行しているとの情報が入ってきている。
アイアンロックで奇跡的に発掘された2機目のレインボージャークのおかげで、物資の調達がスムーズに進んでいることも寄与しているようだ。
そして、どこでどう伝わるのか、「英雄」ルージ・ファミロンの動きは、遠く離れたズーリの街にもかなりの精度とスピードで伝わってくる。
実のことをいうと、キダ藩は情報収集のために、ハラヤードの街に「情報収集班」という名の「密偵」を放っているのだが、レ・ミィはともかくラ・カンにバレると厄介なことになりそうなので、このことを知っているのは、ごく数人である。
もっとも、家臣たちが思っている以上に鋭いレ・ミィは情報の出所などについて、おおよその見当はつけているのだが。
ついでにいえば、ハラヤードの街に居るメンバーの任務は、何もルージ達の情報収集だけではない。早くも活動を活発化させているディガルド武国・親ジーン派残党によるルージとミロード村襲撃の危機を未然に防ぐことも含まれているのである。
「まったく、あれから半年も経っているんだから、一度くらい顔を見せに来なさいよっ!」
といいながら、思わず壁に蹴りを入れるレ・ミィ(実は蹴った足がちょっと痛い)。
それはともかくとして、ジェネレーターが復旧した時、彼の傍らに居るのが自分ではなかったことについて、悔しい思いをしているのもまた事実である。
彼女の言を借りれば「弱い奴を側にいて守ってあげるのが、強い者の務めでしょう?」ということになるのだろう。
「それにアイツとは、約束もしていたんだから!……約束、してたのに……」
ついでに言えば、ルージの動きと共に、必ずといってよいほど、コトナ・エレガンスの活躍も伝わってくるということが、更に怒りや、苛立ちを加速、増幅させているのだ。
そのコトナ・エレガンスは、今、ファミロン家の隣に一人暮らしをしている(クルックーがいるので、正確には一人と一羽であるのだが)。
様々な街を渡り歩いてきた彼女にとって、アイアンロックを出奔して以来、初めて得たといって良い、安住の地である。
彼女の朝は異様に早く、鍛錬から一日が始まる。
砂浜を猛烈なスピードで駆け抜けたかと思えば、森を突き抜け、山に駆け上り、駆け下りる。
文字通り、疾風の如く――である。
文章にすると簡単だが、それはもう、普通の人間から見れば、常軌を逸したレベルのものである。それを彼女はジョギングでもしているかのように平然とこなす。
そんな長きに渡る恐るべき修練が、コトナ・エレガンスという存在を作り上げてきたのだ。
神の造形物とすら思わせるプロポーションに加え、人の業をも越えようかという身体能力の持ち主である彼女だが、あらゆる意味で村に溶け込むのは、意外にも速かった。
何せ100年もの間、そこを出た者が居ないという話もある辺境の村にあって、異世界といっても良い場所からやって来た美女に対し、村の男達は、密かにそして果敢に口説くチャンスを窺っていたのだが、ある者は酒を飲ませて酔いつぶそうとして、逆につぶされ、ある者は手刀で岩をも叩き割る力に圧倒され、またある者は疾風の如く山や海を動き回る体力と技術を前になす術は失っていた。
何よりも、漁に農作業にゾイドの発掘に、さらに街への買い出しや輸送にと八面六臂の活躍により、いまや村の全ての人間にとって、コトナ・エレガンスは「村長の家の客人」として以上に、「村の人間」として受け入れられるに至っているのである。そんな彼女が何故に、再びゾイドに乗れない身となったルージにぞっこんなのか?多くの村人達にとってみれば、依然として釈然としないものを残しているのだが……。
実のところ、いくらコトナの口から、ルージの活躍の話を聞かされても、村人達にしてみれば、正直ピンとこないのである。今、そこに居るのは、いわば「一族の落ちこぼれ」と言っても良い少年なのであり、話にリアリティーを感じることが出来ないのだ。
そんな向かうところ敵無しといった風情の彼女にも悩みはあった。
(ルージは、私のことをどう思っているのだろう?)
「ルージ、入るわよ?……あ!」
漁や農作業が一息ついた午後のひと時、いつものように自分の部屋で勉強していたらしいルージは、疲れて眠っていたようだ。
「ふぁ、あ、コトナさん?」
「ゴメン、寝てた?」
「ええ、あ、すいません」
「謝ることはないわよ。で、今日はどんな本を読んで、お勉強していたのかしら?」
「なんか難しくて、オレもよく分からないですけど」
本の題名は、「自己と他人の関係性についての考察と論理的帰結」とある。ルージでなかったら、題名を見ただけで眠くなりそうだ。
いまやルージの部屋は、書物に埋め尽くされて、勉強部屋というよりは乱雑な書斎と化し、明らかに年齢相応とはいえない光景が広がっている。
「はぁ〜っ」
思わず、コトナはタメイキをつく。
「どうしたんですか?」
「キミのこと、ホントに尊敬しちゃうわ……」
実際、ルージはソラシティから、持ち出した書物のうち、およそ半分は既に読破してしまったというのだから、恐るべき集中力というべきであろうか?
「それよりも!ティータイムにしない?お菓子を作ってみたの。久々に作ったから上手く出来ているか、ちょっと不安があるけど、一緒にどうかな?って思って」
「え、あ、ありがとうございます」
自惚れ――と指摘されるのを承知で云えば、我ながら、好かれているという自覚はある。
しかし、現時点では、どちらかといえば「姉として」慕われている、といった趣のほうが強いように思えるのだ。
それでも――とコトナは思うのだ。
ルージが時折、寂し気というか、憂いを秘めた表情を他人に見せるのは、私に対してか、私だけが側に居る時だけ。
つまり、それだけ私は信頼されている――?
「うーん、ちょっと甘い……かな?」
おもむろにルージがつぶやく。
コトナは自分の胸のうちを見抜かれたような気がして、一瞬、ドキリとした。
「え、あ、何が?」
「このお菓子が、です」
「え?」
ルージの反応を見て、自らも口にして確かめるコトナ。
「……あ、うん、確かにちょっと甘すぎたかも知れないわね?ごめんね、ルージ、ムリして食べなくてもいいわよ」
「いえ、大丈夫です。ここのところ、頭や身体を使いまくっていますから、これくらい甘いぐらいで丁度いいんじゃないでしょうか。こないだ読んだ本にも書いてありましたし」
ルージは、そう云うと、ニッコリと微笑みかけた。
彼なりの気遣いなのかも知れないが、それでも笑顔を見せてくれると嬉しい。
(ああ、幸せって、こういうことを言うのかな……?)
そう思うと、コトナは胸が少しキュンとするのを感じた。
(ところで、私のことを姉のように慕ってくれているのなら、ミィのことは妹のように見ているのかしら?)
今の彼女にとって、レ・ミィは恋のライヴァルであることは間違いない。
だけど、こんなに思っているのに、肝心のルージがこれじゃ、いくらなんでも不憫じゃないか、とも思う。
(だとしたら、キミはとんでもない朴念仁ということになるゾ、ルージ君)
「どうしたんですか、コトナさん?さっきからオレのことをじっと見て」
「……ホント、キミのこと尊敬しちゃうわ」
「??」
時々不安になることもある。
ひょっとしたら、これから先、ルージは自分ではなくミィを選ぶかも知れない。
あるいは、私たちよりもステキな女性が、ルージの前に現れるかも知れない。
最終的には、お互いが決めること、だとも思う。
その一方で、ごく近い将来、ルージは、新たな知識を習得すべく、再び村を出ることになるだろう。
その時、ルージの力となり、現状でゾイドに乗れないルージの身を守るのは自分だ、という自負心と使命感がコトナにはある。
「今度は上手く作りたいわねぇ、お菓子」
「別に気にしなくてもいいですよ」
「私が気にするのよ。何せ味にうるさい人が側にいますから」
「そんな、オレは――」
ほんのちょっぴりの皮肉で、あたふたするルージの姿が、コトナにしてみれば、またカワイイと思う。
そして、何よりも――
(この地上で誰よりもルージのことが好き。だから側に居たい。こればっかりは、一国のお姫様が相手でも、絶対に譲れないわね)
「ところで、コトナさん、これ、どこで習ったんですか?」
「え、これ?以前、西の方の街に居た時、菓子職人の手伝いをしていたことがあって、そこで習ったの。もっともそこの店主っていうのが、昔、バラッツレースの選手だったらしいんだけど、これが――」
―了―
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