Eye of the tiger 


 新生キダ藩の暫定首都・要塞都市ズーリは、穏やかな午後を迎えていたのだが、城の庭では、セイジュウロウの下、レ・ミィ、ソウタ、そしてサイコらが稽古に励んでいた。
 
 実戦稽古の段になり、槍を持つレ・ミィと、セイジュウロウによって剣ではなく杖に得物を持ち替えたサイコが対峙している。
 得物の長さと互いのレヴェルの差を考えれば、手合い違いも良いところなのだが、それに対してサイコが、どのようにして攻撃の糸口を掴むのかがテーマということになる。

「きええええええ!」

 一直線に飛び込んだサイコだったが、間合いに入る前に、あっさりとミィが操る槍の餌食となってしまった。
 一度、攻勢に出るとミィは止まらない。
 突くわ、殴るわ、木製のものとは思えない音を立てながらの怒涛の攻撃。そして、やっとの思いでサイコがフトコロに入ってきたら入ってきたで、天を突くような膝蹴りまで喰らわせている。攻撃を加えるミィの表情が、段々と恍惚としたものに変わってきたところで、セイジュウロウが止めるのが、いつものパターンである。

「止め!」

 といっても、「本能のスイッチ」がONになった我がミィ様は、急には止まれない。
 徒手格闘では、もはやズーリで互角に相手できる人間が殆ど居なくなってしまい、彼女はストレスが余計に溜まっている。
 その分、更に攻撃的になろうというもの。そこへ得物まで持っているのだから、まさに鬼に金棒、栗栖にイス。というわけで、ソウタ他腕っ節自慢の門下生4名、計5名で二人の間に割って入る。雷鳴のガラガが居れば、彼が割って入って、それで済む話なのだが、とある事情により、現在は、入院加療中。故に手間が余計にかかる。

「サイコ、お前には自殺願望でもあるのか?」

「いや、決してそのようなことは無くは無いことも無くは無い」

「……もういい、お前は、型の練習に戻れ」

 杖という得物の利点――つまりのところ、剣術から杖術へと転向させた理由――を未だ理解し切れていないサイコに対しては、不満が前面に出てしまうセイジュウロウである。

「次、ソウタ、行け」

「えっ?!」

「銀ちゃん、手加減はしないわよー」

「あ、あの、ミィの眼が微妙にアブナイんですけど……」

「始め」

「え、え、そんな、ぎゃあ!か、顔はやめてー!」

「バカめ……」

 彼自身、ゾイド乗りとしても伝説の域で語られるだけでなく、今や言わずと知れた「英雄」ルージ・ファミロンの師という存在でもあり、その名声は、「最強の勝負師」、そして「『英雄』を育てた名伯楽」として、惑星Zi全体で高まっていた。
 ゾイドバトルのファイターとしては、大病を患っていた時期もあり、峠を過ぎつつあるというのが一般的な評価であるが、それでも武術、兵法の研究、実践に関しては、着実に道を進んでいるし、その自負もある。
 ただ、それを教授する立場としては、そのキャリアは途上といっても良い存在なのである。故に試行錯誤の日々が続いている。
 例えば、サイコらの育成方針であったり、或いはレ・ミィへの兵法講義(これもダ・ジンらに請われたもの)の内容についてであったり、とにかく悩みは尽きない。
 特に後者について、はっきり云ってしまえば、「求められる物が違う」と感じ、それと「自分が教授できること」との乖離にジレンマを抱えつつあった。
 これから先、レ・ミィに求められるのは、「王者の戦い方」であり、必要なのは、大きな部隊を効率良く運用するための理論であり、方向性にバラつきのある少数がフル回転して戦う用兵論ではないのだ。
 愛機を失った身にとってみれば、戦いの後は早々に故郷に戻って、悠々自適の半隠居生活に入ろうと思っていたのだが、とにかく新生キダ藩の面々が、あのテこのテでセイジュウロウを離さない。
 気が付いて見れば、「藩武術兵法総合指南役」という、妙に長い肩書がつけられていた。
 何と言っても一番の英雄、ルージ・ファミロンに去られたところへ、その師匠であり、「リヴィング・レジェンド」であるところのセイジュウロウにまで去られたとあっては、なんだかんだで具合が悪い、というキダ藩側の政治的事情も見え隠れしているのも少々面白くない。
 それにしても、ここに来て、ついこの間まで、すぐ側に居た少年の偉大さに気付かされる。
 
 全てにおいて、未熟であったハズの少年。
 それが僅かな間に、あらゆる場面において、恐ろしいまでの成長を遂げ、侵略や抑圧への反抗の象徴となり、ジーンをも打ち倒した。
 その間の活躍たるや、セイジュウロウから見て、神がかりとしか表現し得ないものであった。

(ひょっとしたら、本当に彼は「神の使い」なのかも知れない)

 絶望的な局面になっても、諦めない心。
 細い糸のような勝機を、手繰り寄せる能力。
 さりとて、蛮勇ではない。
 これはもはや、持って生まれた勝負への感覚なのだろう。
 そんな世界とは無縁そうな、あの澄んだ瞳の向こうに、一体、何があるというのだろうか?
 
 (ルージよ、お前は、もはや私にとっては、偉大過ぎる存在なのかも知れぬな……)

 今は遥か南、海辺の村で、復興に当たっている少年が、ついこの間まで背負っていた、そしてこれから背負うであろう様々な重圧の、その重さに比べれば、自分が背負うものはまだ軽いとすら思える(それでも端から見れば、十分に思い荷物である)。



「うふふ、ゾイドに乗っているときは、かなわないけど、生身での戦いになると、まだまだね。そんなんじゃ、銀ちゃん、立派な大人になれないゾ」

 大人になるとかそういう問題ではない、と思うが、周囲は口には出さない。

「ミィったら、ヒドいや、投げ技まで使うんだもん」

「現場の判断は常に臨機応変に、よっ!」

 それで済まされたら周囲はたまらないだろう、とは思うが、周囲は口に出せない。

 さすがの丸焼き姫も最後にセイジュウロウには瞬殺されたものの、サイコ、ソウタ他の面々をタコ殴りにして、気分爽快になったのか、稽古を終えたその表情は晴れやかである。

 それにしても、あの小さな身体のどこに、あそこまでの攻撃性を秘めているのだろうか?
 或いは、その秘められた攻撃性こそが、彼女の先祖から代々、為政者として君臨できた理由かも知れない。 
 それを思うと少々背筋が寒くなってくるのだが、それはさておき、この辺りの「色々と差し引く部分」(セイジュウロウ談)はあったとしても、周囲の人間には恵まれている、とセイジュウロウは思う。
 師として慕ってくれる者、友として語らってくれる者、自分の能力を買ってくれる者、ゾイド乗りや武芸者以外の一面にも敬意を払い、そして批評してくれる者、ついこの間まで孤独だったのに、何時の間にか彼の周辺には、好むと好まざると人が集うようになっていた。
 ここ1年来の自らの運命の歯車の動き方には、本当に驚かされるセイジュウロウである。
 
 そう、これは全て、彼――ルージ・ファミロンに出会ってからのことである。



 夕刻、一日の仕事を終えて、一人用にしては明らかに広すぎる自室でくつろぐセイジュウロウの下に、キダ藩の家臣の一人が、疾風怒濤の勢いで駆けつける。

「何事だ、騒々しい」

「セイジュウロウ先生っ、見つかりましたよっ!」

「何がだ?」

「先生のお眼鏡にかないそうなゾイドがっ!だいぶガタが来ていますが、なかなかのポテンシャルを持つ機体だと思われます」

「そうか……まぁ、どちらにしても、適性があるかどうかだな」

「早速乗りますか?」

「ああ」

 自分でもゲンキンなものだ、と思う。
 冷静に振舞おうとは思うが、高鳴る鼓動は、抑えつけようが無い。
 これはもう、ゾイド乗りの性なのだ、と自分でもそう結論づけるしかないのだろう。
 
 果たして、格納庫に着いてみると、そこには青いレイズタイガーが居た。

 多くの藩士が見守る中、早速、コックピットに入ってみる。
 その瞬間、ゾイドと自分が「繋がった」ような気がした。
  
 そうだ、この感覚だ――。
 
 元々ゾイドに対して高度な適性を持つセイジュウロウにとって、発掘された獣型ゾイドを乗りこなすことはたやすいことだった。
 ただ、長いこと眠りについていたこともあって、むしろ機体がセイジュウロウの操縦についていっていない。

「先生、どうでした?」

「うむ、まあまあだな」

 いつまでも今は亡き愛機の背を追いかけても、仕方が無いのは分かっている。
 だが、これもまた、ゾイド乗りの性であり、そして超一流の乗り手であるが故に、余計に新しい機体の短所ばかりを感じてしまうのである。
 あとは、このレイズタイガーが、自分にどこまで応えてくれるか、あるいはどこまで気持ちを通じ合わせることが出来るかが、カギになる。幸い、キダ藩の整備スタッフは、高いレベルにあるから、メカニカルの部分については、ほぼ要求どおりの仕上がりになるであろう。

「明日の朝から整備を始めてくれ」

「え?」

「よろしく頼む」

「おおっ!」

 色めき立ったのは、何もセイジュウロウ一人ではない。
 整備スタッフや、ゾイドを操ることが出来る兵士達もまた然りである。
 何といっても、伝説の男の為に働き、あるいは伝説の男も下で腕を磨くチャンスが再び訪れたのだから。

(帰郷は、まだ先になるな……)

 ふうっ、とタメイキをついたセイジュウロウだが、そこには微かな笑みが浮かんでいた。

 完全なる伝説の存在となるには、まだ少々早い。
 新たなる戦いが、まだまだ始まったばかりなのである。



―了―


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