Thunderstruck


 そう、出会いは、最悪だった――。

 廃墟となったアイアンロックから、ただ一人となってしまった配下のノーグと共に対ジーン戦後処理委員会(仮名)が置かれていたトラフに辿り着いたのは、およそ半年前のこと。

 リンナの言を借りれば「そこに奴は居た」。



 「ふうん、お前か、コトナの双子の妹ってのは?」

 トラフ到着から数日経った午後、奴――いかにも粗野に見える大男が、訊いてきた。
 実のことを云うと、これだけでもリンナの中の獣が目を覚ますには十分であった。
 リンナとコトナ、お互いを隔てていた壁が、少しずつ氷解しつつはあるのだが、リンナにとって姉と比較されることについては、今以て耐え難い不快感が伴うのだ。

「だとしたら、ナンなのかしら?」

「いや特に」

「その反応、何か含むところがありそうね?」

「いや別に」

「ハッキリ云った方が、身のためだと思うけど」
 
 ここは何としてでも、彼は逃げるべきだったのだ。
 しかし、言われるままに答えてしまうのが、良くも悪くも彼の持ち味でもある。
 地上屈指のゾイド乗りにして、冗談でもレジスタンスグループのリーダーであった彼が、どうして、ここ一番で墓穴を掘ってしまうのか?

「姿形は、コトナそっくりだが――」

「そっくりだが――?」

「うむ、なーんか、イマイチ、こう色気が無いというか、なんというか――」

 それを本人の前で云ってしまったのが全て。
 次の瞬間、大男の太腿にクナイが突き刺さっていた。

「おんぐおおおおおおおおお!!」

「何か云ったかしら、ウドの大木?」

 当然、大男は医務室に直行と相成った。
 即療養生活に突入した彼――雷鳴のガラガの話を部下から伝え聞いた、「厄介な事態」への発展を恐れているキダ藩家老ダ・ジンは、密かにほくそ笑んだという。

 一方、後に「阿修羅のリンナ」という二つ名で呼ばれることになる彼女にとっては、その伝説の始まりを告げるエピソードとして、語り継がれることになる。



 リンナとノーグ、彼女たちにもたらされた、かの戦争の真相は、あまりにも衝撃的なものであった。
 つまりのところ、遥か天空にソラシティなるものが存在し、そこに住む人々のいわば「ゲーム」に、この地上に住む人々は巻き込まれた、さらに云えば、自分達は、その「ゲーム」の駒となっていた――これは、リンナだけでなく、全ての地上の人々にとって、信じ難い、否、信じられたとしても受け入れ難い真実である。

 これら真実はルージからさわりの部分だけは知らされていたが、レ・ミィやガラガ、何よりも「諸悪の根源」(リンナ談)の一翼を担っていたロンから口から改めて事の子細を聞かされたリンナとノーグは、数日に渡り、ただ、うめき、叫び、苦しんだという。
 
 この惑星の地上に新たなる世界秩序を構築するという欲求の下にプログラムされたゲームの為に、一体、どれだけの街が廃墟となり、どれほどの命が消えていったのか?

 この惑星Ziに暮らす人々が失ったものは、あまりにも大きすぎたのである。


 アイアンロックにて新たに発掘されたレインボージャークと共に、トラフに入城しようとした折には、キダ藩の一部に大きな動揺が走り、事実、内々に「非常事態宣言」がなされたようだが、実際に彼女たちが街に入ると、ルージが書いてくれた「紹介状」のお陰で実にスムーズで快適な生活が保障されていた。
 街中を歩くと、男どもが次々と振り返って、こちらを見るのには、少々辟易させられていたが、それもまだ許容範囲内というものであろう。
 
「そりゃあ、あれだけの美人だもの、振り返らない方がおかしいよね」

 ――というのは、ロン・マンガンの意見。これには多くの男どもが同調している。

 妖艶なイメージが付きまとう姉・コトナと違い、リンナについては、マキリの一族としての生活が長かったせいか、やや陰の部分が強調され、地味なイメージがついて回ってはいる。が、その代わり、意外と素朴な雰囲気と、微妙に一般常識からズレている(一種の「天然」ともいえる)キャラクターにより、若いキダ藩家臣団や旧討伐軍メンバーの間で、アイドル的な人気を得るには、そう時間がかからなかった。
 何よりもコトナと違って、リンナが”フリー”であることが、状況により拍車をかけたといっても良い。
 


 そして時は流れ、今、彼女たちはズーリの街にいる。

 リンナがトラフに来て、2ヶ月ほど経ったところで、ジーン討伐軍は正式に解散し、ごく一部のキダ藩直属の部隊のみをトラフに駐留させて、ズーリに「撤退」。リンナとノーグもまた、これに付いて移動したのだ。
 討伐軍の中核を成していたキダ藩の家臣団がズーリに戻ると、キダ藩内に残っていた家臣団の一部と共に、「キダ藩再興準備室」が発足。
 当然のように、アイアンロック復興論議は、現状で後回しになってしまったのだが、その辺もルージはしっかり計算していたようで、「紹介状」の中で、アイアンロック復興策についても、ラ・カンに上申していた。
 後にそれは実行される運びになり、ニューアイアンロックとして、マイナスの状態から見事に復興、独自の発展を遂げることになるのだが、それはまた、別の話。
 なお、このルージの常に先を読む能力については、リンナ曰く「誉めてやっても良い」そうだ。



 「ごめんなさい。私、弱い人には興味無いの」

 今日もまた一人、リンナの彼氏候補に名乗りを挙げたツワモノが、砂を舐めるハメになっていた。

 (お館様にも困ったものだ)

 それは確かに、立場上、それくらいの心構えは必要であろう。ただ、気位の高いことを差し引いても、何もそこまでの仕打ちをする必要も無いだろう、と、ただ一人生き残った腹心は、昼下がりの一室で物思いにふける。先々のことを考えれば、タメイキのひとつだって出てくるというもの。

「何、タメイキをついてるの?」

「お、お館様っ?!」

「お茶を淹れてもらえるかしら?」

「ぎょ、御意!」

「随分と動揺しているようだけど、何か心配事でもあって?」

「いや、特に」

「特に無い、ってことは無いでしょう?それとも話せないことでもあるのかしら?」

「ええと……」

 話せば怒りを買うことは確実だろう、黙ってても怒りを買うのも事実だ。ならば話してしまった方が良い。覚悟は決まった。

「ですから、リンナ様も異性のお付き合いの仕方を、もう少し考えられたら如何でしょうか?」

「はあ!?」

「一応、アイアンロックの復興にも関わってくることですし」

「『お世継ぎ』というわけね……。ふうん、あなたも殊勝にそんなこと考えるんだ。私達は元々道具のような存在だしね、そして私自身もあなた達の道具と――」

「いや、そうではなく!」

「そうじゃなかったら?」

「う」

 ノーグの背中を一筋の冷たい汗が伝う。

「確かにマキリの頭領直系の血筋の人間は、今や私と姉さんだけ。ところが、姉さんときたら、今は暖かい南の国で年下の男の子とイチャイチャと――」

「やっぱり根に持っているんですね?」

「当たり前じゃない!?聞けば、彼、まだ14歳になるかならないかだそうじゃない。しかも、あーんな線の細い、いかにもひ弱そうなのに熱を上げて、姉さんはまだ自分の立場というものを理解してないんじゃないかしら?!」

「あ、ツッコむところはそこですか?」

「なんなら、ノーグ、あなた、私の婿になる?」

「はいぃ?」

「血統的にもかなり遠くなっているハズだから、その面では問題は無いし……マキリ同士で配合的も大歓迎よね」

「あのお?」

 動植物の品種改良じゃないないのですから――とツッコミを入れそうになったが、ギリギリのところで踏みとどまるノーグ。

「で、どうする?!」

「そ、そんな、私がお館様の――なんて、勿体ない」

「それ、本心?」

 一瞬、ノーグはドキリとした。
 確かに6割は本心である。
 では、残りの4割は――というと、それはリンナの今のところ表ざたになっていない、ノーグの云うところの「少々倒錯的な」嗜好性によるところが大きい。

 アイアンロックがまだまだ平和であったころ、リンナの入浴を覗いた不届きな少年達が居た。
 リンナはそれを発見するや否や、光速の勢いで着替えると、猛追撃を開始。
 とにかく、その追撃振りたるや、生ハンパなものではなく、また一人、また一人と徹底的に追い詰め捕獲するや、衣類をひん剥き、そこからはもう、放送コードに引っ掛かるような倒錯的な体罰が繰り広げられた挙げ句、少年達は逆さ磔の状態で、町の広場にさらされたのである。
 彼らにとっては、ただ一度、興味本位で引き起こした過ちが、破滅をもたらしてしまったのである。
 その後、この一件について触れることは、アイアンロックでは、禁忌されてきたのは言うまでもない。もっといえば、同世代の少年達は、ノーグのようなごく一部(それは、慣れてしまった、或いは「もはや諦めた」という意味においてである)を除き、彼女の姿を見る度に、否、それどころか足音を聞いただけで震え上がったという。
 それだけではなく、彼女が近寄り難いオーラを常に発しつづけてきたことも原因の一つに挙げられるのもまた事実である。

 それを知らぬ人々は、まだ幸福というべきか、不幸というべきか――?

「どうなのかしら?」

「えーと……」

 追い詰められるノーグ。
 しかし、救いの手は、意外なところから差し伸べられた。

「リンナ様、殿がお呼びです」

 小気味の良いノックの音と共に、若いキダ藩士が入ってくると、あくまでハキハキと、かつビジネスライクに用件を伝えた。

「ラ・カンが?」



「いや、しかし、殿……」

「いくらなんでも、もう捨ててはおけまい」

 その朝の重臣会議は、ラ・カンの提案に明らかな動揺が走っていた。

「確かに、ズーリに各地から難民の流入が続いており、いずれキダ本国に帰る人間の分を差し引いたとしても、このままでは街が機能不全に陥る可能性も否定できません」

「左様、この街は、地形上、これ以上、拡張することは出来ないからな」

「ですが、殿……」

「すると、ダ・ジンに何か代案があるというのか?」

 ラ・カンが怪訝そうな視線をダ・ジンに寄せる。
 バイオラプター・グイによる大空襲により、甚大な被害を受けたズーリだが、それでもまだ他の街に比べればマシな方で、確実に復興への道を歩み始めていた。しかし、戦災により荒れ果てた各地では、ここに来て各地では、ディガルト一部残党やら、火事場泥棒よろしく活動開始した盗賊団やら愚連隊やらが、その動きを活発化してきたのである。
 対ジーン戦役後は、あくまでも藩復興を中心に内政に専念していたキダ藩の面々としても、非常に頭の痛い状況が、出来上がりつつあった。

「私も殿の提案に決して反対しているわけではありません。しかし――」

「しかし、何だ?」

「問題は、その『復興支援部隊』のメンバーにあると思われるわけでして……」

 出席している重臣達が一様にうなずく。

「何か問題があるというのか?」

「いや、その、ガラガ殿はともかくとして、リンナ殿を同行させるのはいかがなものか、と……」

「人選に問題がある、と?」

「左様でございます」

「我ながらこれほど的確な人選は無い、と思うがな?」

 珍しく、自画自賛のラ・カン公。

「しかし、年頃の男女を二人きりで遠征させるのは、倫理面においてどうか、とも思われるわけでして……ほ、ほれ、何か間違いがありますと大変ですし……」

「間違い?」

「ええ、まあ、その……」

「ここは、まだリンナ殿にはノーグ殿とのコンビの方がよろしいのではないか、と自分は思います」

 返答に窮すダ・ジンに、さりげなく助け舟を出す灼熱のティ・ゼ。

「コンビネーション面でもガラガ殿と組ませるよりは、ノーグ殿と組ませた方でも掃討作戦に向いているのではないでしょうか?」

 その質問は想定の範囲内、とばかりにラ・カンがこれに答える。

「掃討作戦だけならば、な。しかし、その後の復興作業の端緒をつけねばならないことも考慮すると、デットリーコングの方が運用面で汎用性があると思うのだが。このことくらいは、ティ・ゼ、お前にも分かるであろう?」

「ならば、デットリーコングとランスタッグで部隊を編成して――」

「事は、かなり切迫していると聞いているのだが?」

 実のことをいうと、ラ・カンに、ズーリ近郊で愚連隊化したディガルド軍残党が難民キャンプを襲撃しているという話が伝わったのは、つい数日前。
 藩内部では、周辺で怪しげな動きがあることは事態は把握していたのだが、これほど急速に事態が悪化するものとは思えず、ラ・カンへの報告が遅れてしまったのである。このことについて、ラ・カンは不満を隠そうとしない。
 甘く見ていたといえば、それまでだが、相手の目的が今一つハッキリ見えず、対策が立てづらかったのも要因として挙げられよう。

「……」

「決まり、だな?」

 ラ・カンが立てた作戦は、レインボージャークウインドβ(と名づけられている)と、デットリーコングでの電撃作戦で、敵部隊を先制攻撃、支援部隊と共に制圧。兵站部隊と建設部隊で組織された「復興」部隊ともども、そのまま街の復興作業に当たらせるというものである。

 さて、方針は決定したが、問題は残っている。
 いわば、「客人」であるリンナを、正規軍同様の作戦に組み込むのはどうかということである。



「別に私は構いませんが――」

(杞憂だったか……)

 と、ホッとしたラ・カンに、リンナはすぐさま二の句を継いだ。

「組むのなら、ノーグかセイジュウロウ殿ですよね?」

「う……」



 その頃、惑星Zi随一の侠客とも目されている雷鳴のガラガは、というと――。

「この、バカッ、チンッ、があああああ!」

 我らがミィ様の、「乙女のバカチンガー・エルボー」を食らい、悶絶していた……。



―次回につづく……のか?―



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