「やあ、コトナちゃん、ゾイド買わない、ゾイド?!」
「あのねえ、無い袖は振れないわよ」
「19万でモルガあるよっ!」
「だから、何が哀しくて使い古しのモルガを買わなきゃならないわけ?ランニングコストだってバカにならないでしょ?」
コトナ・エレガンスは、「おつかい」で、ハラヤードに来ていた。
何せ貴重な飛行ゾイドに乗っている彼女のこと、ほぼ1月に一度程度のペースで飛来してきているのだ。
そこでは、町の領主、ハーラの特別な計らい(ラ・カン他の意向も当然に働いている)により、街の中央市場の片隅に店舗兼住居が提供されており、そこで月に3日程度、ミロード村の製品を売ることが出来るようになっている。それと共に、ミロード村のいわば出張所のような役目も果たし、ハラヤード当局との情報交換も行っている。
すると、こっそりと街に駐在しているキダ藩家臣にもその動きは伝わり、それがトラフを経由して、その時点としては驚異的ともいえる速さと精度でズーリに伝わるようになっているのは、ここだけの話。
「最近、ゾイドを使ったレースが、また盛んになってきているし、品薄になってきてるから、今のうちだよ」
「それだったら、むしろ、こちらがサルベージしたゾイドを買って欲しいくらいよ」
“ゾイドイーター”と呼ばれる、この男の発言の通り、ディガルドとの戦争状態が終結してから半年を経た辺りから、各地でゾイドが取引され、徐々に品薄の状態が起きはじめていた。しかし、現在、ミロード村近海でサルベージされるのは、水上あるいは水中用のゾイドが多く、地上への汎用性が薄いため、殆ど売れずに居る。
それでも意外に(?)商売上手なコトナによって、空中用としても使えるシンカーなどは、そこそこの値段で取引され、村も潤っていた。
いつもはコトナ単独か、あるいは時折ルージが同行するのだが、今回の同行者は、ルージではなく、彼の弟のファージ君である。
このことについては、様々な事情が交錯しているわけだが、まあ、それはさておき。
なお、「ついに弟にまで手を出すか?!」というツッコミをいれた輩に対しては、コトナにより徹底的な制裁が加えられたのは、言うまでもない。
「そういえば、各地のレースで賞金を荒稼ぎをしている元ディガルドの奴がいるそうだけどね」
「へえ」
「名前は、なんつったけかなあ……」
「そ・れ・よ・り、ミロード村特産のミロードアワビの干物はいらない?あ、それから巻貝に海藻の干物に海魚の開きもあるわ!安くしておくわよぉ!」
その満面の「営業スマイル」に、大抵の男は、コロリとやられるのである。
Kickstart My Heart
西の辺境、ヒノス。
元々荒くれ者の多い土地だったこともあって、戦争が終わるや否や、早々にギャンブル色が強い娯楽や催し物が再開されていた。
その中でも、やはりゾイドが絡んだものは、常に人気があるもので、バトルと共に様々な形態で行われるレースは人気を博していた。
4日間の勝ち上がり方式のモルガ・レース大会も、最終日のメインレース決勝戦を迎えていた。
「『もし、この私が、万が一にも敗れることがあれば、それは勝利の女神のイタズラに他ならない』と、不敵なセリフを言い残して、このレースに臨んだザイリン・ド=ザルツ、そのド=ザルツのモルガが、ここで一気に先頭集団に取り付きましたっ!」
1周約4kmのオーバルコースを10周回するレースは、残り2周の赤板が掲げられていた。
そこから、かつてのディガルド四天王・ザイリン・ド=ザルツ元中将操縦のモルガは強かった。
残り2周、アウトコースから捲りをかけると、あっという間に先頭に立ち、あとは一人旅。
終わってみれば、ブッチ切りの完勝であった。
そして影で日向で行われていた賭けにより、多くの歓声と悲鳴が沸き起こった。
「チッ、また元ディガルドかっ!?」
「しかし、同じモルガで、1kmハンデでここまで千切り捨てられたら、こっちは商売上がったりだよ」
「なんか仕掛けでもしてんじゃねえのか?」
「よせやい、それで俺たちが騒いだ結果、一段とメカニカルチェックが厳しくなって、俺たちもゾイドにカマシが入れられなくなったんだろ?」
「くそっ、忌々しい!」
色々と云われているのを知らないザイリンではない。
しかし、「言う奴には、言わせておけ」と思う。
どちらにしても、この4日間でまた、彼は多額の賞金を得たことになる。
あの戦いが終わった後、ザイリンが最初にやらねばならない仕事とは、廃墟と化した生まれ故郷・ザルツ村の復興であった。
土地も川も空気も汚れ切り、残った村人もことごとくバイオゾイドのいわば「動力」に改造され、生きてザルツ村に戻ったのは、ザイリンを含め、ごく少数。
そのような状況下で、復興をしようにも、何一つ手につかないのが現実であろう。
幸か不幸か、ザイリンにはディガルド軍時代に蓄えた財産があった。
終戦後、ほどなくしてディガルド武国は、完全に崩壊。それと共に、ディガルド本国及び一部領土で流通していた通貨は、文字通り紙屑となったわけだが、ザイリンは、ディガルドから得た金――実のことを言うと、大した額ではなかったのだが――を元手に更に一財産を、と目論んでいた。
というわけで、現金の多くを貴金属や投資(これについては「インサイダー取引」の疑い濃厚だが……)につぎ込んでいた。
それが功を奏し、終戦後に無一文――という事態は避けられたどころか、見事、目論見どおりに事が運んでいたのだが、それは村の復興という状況の前には、焼け石に水の状態であった。
いっそ故郷を捨て、どこかで一人隠遁生活を送る分には、十分な財産であったが、そういうわけにもいかなかった。
何せ元ディガルドの将官という過去が、どこでどうあっても付きまとうのである。ましてや彼は四天王という独自のポジションすら与えられた特権階級であったことも、彼の立場をより悪くする。
ならば、生まれ故郷を自らの手で復興し、そこで余生を送ることにした方が、余程マシというものだろう。
何よりも本来のザルツ村は、そんな密やかな生活を送るには、持って来いの環境であったのだ。
その為には、何と云っても先立つ物が必要だ。そこで、ザイリンが目をつけたのが、大陸各地で行われている各種ゾイドレース、その中でも賭けの対象として行われているバラッツやモルガによるレースであった。。
「中将、おめでとうございます」
「その呼び方は止めないか。私はもうディガルドの軍人ではない」
「スイマセン。しかし、これで、また復興資金が得られましたね」
旅暮らしの彼のエージェント兼秘書を務めるのもまた、ザルツ村出身の元ディガルド軍人である。いや、現在、彼の周囲に居るスタッフは全て、ザルツ村出身者か、故郷に戻れなくなった元ディガルド軍人なのである。
「ああ、しかし、まだ今少し足りない。ただ、これで少なくとも工場跡の解体は出来るだろう……しかし、どうやら、ここで稼ぐのも潮時のようだな。レギュレーションが……というよりは、風当たりがますます厳しくなっている」
「そうですね、活動拠点を別のところに移すべき時かも知れません」
「さて、どこへ行くか……」
「今の世の中、ゾイドレースは、そこら中で行われていますから、できるだけ賞金と環境が良いところに行きたいですね」
「ああ」
「話によれば、ここから少し南に行くと、シンカーやバラッツのレースもあるようですし、長距離のラリーレースも方々で行われています。そういえば、この大陸の極北にあるヒラデルヒアという街では、グスタフやエレファンダーに、荷物を引かせて走るレースもあるようですよ」
「ほう、ヒラデルヒアも面白いな。しかし、今からグスタフやエレファンダーのような大型ゾイドを手に入れるのは、少々面倒だろう?」
「それでは、ここから少し南方もアラムタなどはいかがでしょう?海や山に近く環境も良いうえに、地下資源にも恵まれて、比較的裕福な街です。ただ――」
「確かディガルドの領地だったところだな」
「ええ、それも激しい攻防戦の末にディガルドに編入されていますから、占領政策もかなり苛烈であったそうですし、また自由の丘の戦いの後も親ジーンの一派が占領を続けた上に、撤退の際に資産の略奪にインフラの破壊など、相当なことをやっていたみたいですね」
「つまり、現地民の反発がある、と?」
「そういうことです」
「ふむ、まあ、ジーンの時代に、この大陸の殆どの地域を征服していたわけだからな、ある程度の反発は仕方あるまい」
「ならば、海を渡るという選択肢もありますが……」
「同じ事だ。ふふっ、なしかし、悪くはない。海の向こうでもゾイドレースは盛んらしいし、こういう機会でも無い限り、海を渡ることもそうあるまい。それに――」
「それに――?」
「いや、なんでもない」
ザイリンが、旅から旅の生活を送っているのは、ザルツ村を復興させる為の資金を稼ぐだけではなかった。
それだけならば、他にも方法はあっただろう。
彼の中で覚醒していたゾイド乗りの血が、そうさせているのである。
もっといえば、荒廃しきった故郷、同様にこれまでの価値観が崩壊した社会や人々の精神、これらの事を思うと、ゾイドにでも乗って何かをしていなければ、やってられない、というのも正直な感情であろう。
「次の大陸間の大型輸送ゾイドが出るのは、いつだ?」
「定期便なら、週に3便出ております。一番近いところで明日ですが……」
「週3便なら、来週始めの便で良かろう。それまでに我々も色々と準備もある」
「分かりました。直ちに搭乗券などの手配に入ります」
「西方で一暴れして、行きがけの駄賃でアラムタで稼いで、村に凱旋したいものだな」
「左様ですな」
「その前に、これまで稼いだ金の一部を運用する為の手筈を整えよう。ザルツ村、それからハラヤードへの送金の手配も忘れるな」
「ディガ!」
いかんせん、ディガルドで付けられた垢が抜け切らないザイリン達である。
更にいえば、レースだけで彼、ザイリンの心の渇きは、未だ癒され切れていないのだ。
彼は、ゾイド乗りであると同時にファイターでもあった。
やはり、彼にとって、ゾイドで戦うことが最高に喜びを感じる瞬間なのだ。
今回の旅は、その為の彼の新たな愛機を探す旅でもある。
願わくば、再び、あの少年と――。
それも侵略者の尖兵と、レジスタンスの一員としてではなく、単純にゾイド乗り同士として、そして一人の男と一人の男として。
(ルージ君――)
若き天才、ザイリン・ド=ザルツの戦いの日々――というよりは、少し遅れて来た熱き青春――は、まだ始まったばかりである。
さて、同じ頃、遠く離れた交易都市ハラヤード。
「やあ、コトナちゃん、やっと出来たよ」
「待ち焦がれたわよ」
「まったく、これほど注文に煩い人も初めてだよ。こちらの手間も考えて欲しいねぇ」
といいながら、店主も笑ってはいる。
「折角、注文するんだから、これくらいのワガママは聞いてもらわないと」
あくまで、強気なのがコトナ・エレガンスである。
さて、コトナ・エレガンスは、ハラヤードにて、一体何を注文したのか?
それが、彼女とキダ藩の間に新たな緊張関係を生むことになるのだが、果たして――?!
−了−
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