SUPER BEAST



 自称・四天王達のヘタレっぷりもあり、想像以上にあっさりと終わってしまったカツラン攻防戦――つまり、我らがミィ様こと新生キダ藩次期当主であるレ・ミィが、雷鳴のガラガをボッコボコに折檻してから――既に1ヶ月。

 我らがミィ様は、いつ暴発してもおかしくないレヴェルにまでストレスを溜めていた。

 ここのところのストレス解消手段としては、槍術や体術の稽古で、誰かをボロボロになるまで叩きのめすか、ズーリ周辺で狩った獲物を丸焼きにするか、のどちらか。
 周囲に止められる人間は、ほぼ皆無だったが、ここに来て漸く、リンナが物理的な力の差で、押さえつけているのというのが実情である。

 やはり、ゾイド乗り、ましてや最前線で戦い抜いた、一線級の腕の持ち主にとっては、ゾイドに乗れないというのは、相当なストレス要因なのだろうか?
 もっとも、彼女のイライラの原因は、別のところにもあるというのが、専らの見方である。

 実のことを云えば、ミィはズーリに残っている量産型のランスタッグだって操縦できるのである。
 ところが、そのどれも相性がイマイチ、なのである。
 カツランまでガラガに鉄拳制裁を加えに行くのだって、ソウタ仕様のそれ、あるいは他の兵士のを借りれば事足りた、と思うミィであるが、ミィのナイジェル・マンセルばりの操縦にかかっては、操縦に繊細さを要求されると言われる多くのランスタッグは、耐えられないのだ。
 つまり、いくら姫様の頼みとはいえ、自分の機体が、壊されてはかなわない、というのが、藩士たちの本音である。
 そこでソウタ仕様の機体を強引に拝借しようとしたのだが、半泣きでコックピットにしがみついたソウタにより、寸前で阻止されたのである(結果としてタンデムとなったのだから、ソウタは役得といえば役得なのかも知れないが)。
 
 ならば――と、ズーリやキダ本国周辺からサルベージされたり、、暫定的にキダ藩の統治下に置かれているカツランから接収したり、或いはどこぞから購入してきた他のタイプのゾイドには、ミィは興味を示さない。

(やっぱり、ランスタッグじゃないと……)
 
 ――というこだわりがある。
 それはそうだろう。レ・ミィにとってランスタッグというゾイドは、自分の(あるいはキダ藩の)象徴といえるゾイドなのだから、譲れない部分なのである。

 ラ・カンらのキダ藩本土への帰還が、いよいよ1ヶ月後と具体的に決まり、「キダ藩再興準備室」は、てんてこ舞いの状態となっていた。

 そのような中にあって、折角、本国に凱旋するのだから、やっぱりミィ様専用機は、なんとか確保したいという重臣達の思惑により、その動きはキダ本国にまで及んでいた。

 一応、隊長として半ばというか殆ど無理矢理に担ぎ出されたロン・マンガン、これまたほぼ強制で巻き込まれたヤクゥ&ドグゥのコンビに、警備役も兼ねて今や「地上最強の兵站部隊」と呼ばれるようになったア・カンら無敵団の面々が加わり、反応があれば、片っ端から堀り出しては、ズーリに運び込むようになってから、早くも3ヶ月。
 いい加減、イヤになりかけていた頃、レ・ミィに適合しそうなランスタッグが、サルベージされた。
 ――と書けば、ややもすると感動的ではあるのだが、実際のところは、キダ藩館の地下格納庫の奥の奥にあった、これでもかというくらいに封印された部屋に、それは眠っていた。
 
 全体的に黒ずんだボディ。
 暗い赤色に妖しげな輝きを見せる角や蹄。

 とにかく、タダモノではない感じを漂わせていた。

「これ、呪いのランスタッグってことは無いよね?」

 そう苦笑するロン達だったが、とにもかくにも、そのダークカラーに染まったランスタッグが、ズーリの地に、その姿を見せる時がやってきた。
 


 姫様へのお披露目を前に、本国から持ち帰られたランスタッグは、それこそ急ピッチで、ボディやコックピットが丁寧に磨かれていったのだが、あろうことか一段と面妖さを増していったのである。
 
「同じ場所にあった資料によると、どうもこいつは、このタイプのゾイドとは思えないくらい暴れん坊のようでね、殆どの操縦者の手に負えないものだから、随分と長いこと格納庫の奥に封印されていたみたいなんだ……」

 お披露目の席で、レ・ミィや重臣達の前で、あくまでも冷静に事務的な口調で説明をするロン。

(獰猛で凶悪なあたりは、ミィにそっくり)

 とは、さすがに口が裂けてもいえない、ロン。
 ミィはミィで、「やれ黒い」だの「くすんでいる」だのと文句を云いながらも、乗り込むや否や、自分との相性の良さを瞬時に感じたのだろうか、満面の笑みを浮かべて、コックピットから降りてきた。
 そんなレ・ミィの顔を見るにつけ、苦労のし甲斐はあったか、と思う、今回のランスタッグ捜索隊の面々である。

 そして、後に「暗黒のランスタッグ」と呼ばれることになるレ・ミィ専用ランスタッグは、スグに微調整の為に、再び整備班の手に委ねられた。
 そして、ズーリで不本意ながらも新生活を送っている旧ソラシティの技術者達の力を借りて改良されたトゥインクルブレイカーが、すぐ様装着され、付けられた名は、ランスタッグ=ブレイク・ハイコンプリート、通称HCである。

 ゾイドと乗り手、本当に相性が良かったのだろうか、あっという間にミィはハイコンプリートをモノにしていた。

「うふ、これで明日からでも、いつでもゾイド戦が出来るわね、うふふふふふ」

 ランスタッグ=ブレイクHCに乗り始めてから数日。
 久々にゾイドに乗ることが出来る喜びの余り、ミィ様は、すっかりハイテンション。
 その眼は、ちょっと、いや、本当にヤバい輝きを放っていた。
 
「本当に呪いでもかかっているんじゃないの、あのランスタッグは?!」
 
 あらゆるゾイドを乗りこなし、そういったゾイドに対する感覚に関しては、誰よりも研ぎ澄まされたものを持っているソウタは、そんな不用意なセリフを口走ってしまうくらいに、背筋に寒気を覚えていた。
 
 そんな不気味なハイテンションなものだから、槍術や体術の稽古においても、レ・ミィの技は切れ味を増し、次から次へと負傷者を量産していた。
 そして、今日はノーグまでをも、キダ百烈拳からキダ狂神太平2連発、さらにキダ飛鬼邪行という凶悪コンボの餌食にしてしまったのだ。
 ついでに言うと、ミィに失神KOという醜態を見せたノーグは、医務室でリンナに更なる折檻をされたという情報もある。

 教育係も兼ねているダ・ジンとしては、そんな光景を見聞きするにつけ、これでもう少し学問にも身を入れてくれれば――と思う、今日この頃である。
 決して、ミィは出来ない子ではないのである。
 どの分野でも、この時代における同世代の子供の標準レヴェルは、十分に上回ってはいるのである。ただ、将来の為政者となる為には、もう一つ上積みが欲しいというのが、率直な思いである。

「しかし、なんとかならんのか?アレ」
 
 心底、困った表情を浮かべるガラガ。ここ1年近くというもの、コトナに逃げられるわ、リンナに刺されるわ、ミィに打ち込まれるわと、もう身も心もボロボロである。
 追い討ちをかけるように、ズーリに残っている旧討伐軍残党の中にあっても、その威光に翳りが見え、その二つ名に聞こえし雷鳴も轟くことも無く、侠客としての名も、最近売り出し中の(?)「阿修羅のリンナ」に後れを取るようになっていた。

(いい加減、クニに帰って、のんびり畑でも耕すかな……)

 一度、壊滅した村に戻ったら戻ったで、苦難の道になるのは間違いは無い。が、それでもミィやリンナに虐められる(?)よりは、マシかも知れない。
 そして、翌朝、そんな雷鳴のガラガに更なる災難が降りかかるのであった。



「おーい、どういうことだ、これは!?」

 雷鳴のガラガが驚愕の声を上げるのも無理は無い。朝っぱらからゾイドによる模擬戦が、盛大に行われていたのだが、あっという間に十二機のランスタッグが戦闘不能に追い込まれていた。

「圧倒的じゃないか、おい……」

 呆然とするガラガ&デッドリーコングを前に、「次、ガラガ」と、コックピットの画面を通じて冷酷な声が飛ぶ。

「次って、おい、俺はあくまでも立会役であってだな……」

「暴れ足りないの」

「暴れ足りないって、そんな理由でだな、おい、こっちだって、微妙に心の準備が――セイジュウロウ〜」

 進退窮まって、テントで指示を送っている師範セイジュウロウに助けを求めるガラガだったが、しかし――

「行け」

 その一言で終わりである。

「だって、しようがないじゃない、銀ちゃんの機体は、急にメンテナンスに入っちゃったし、おじ様は勿論、ダ・ジンやロン達も忙しいから、アンタくらいしかヒマな人間いないもの」

「おい」

「だーかーら、いい加減に諦めて、覚悟なさい」

 ミィの眼は、いまや完全に獲物を狩りに行っている肉食獣のそれである。

「というわけで、いっくわよおおおおおおおおお」

 不意の一撃を喰らったデットリーコングは、もんどり打って吹き飛ばされる。

「なっ!?せめて、『始め!』の一言が待てないのか?」

「実戦じゃ敵は待ってくれないわよお!ですいず!」

 その声と共に、ミィのランスタッグ=ブレイクHCは、高々と前脚を振り上げる。

「レ・ミィ・コデライク!!」

「しかも可変式かよっ!?」

 ガラガの意味不明なツッコミをヨソにHCは、高く上げた前脚を軽く痙攣させながら、デットリーコングを激しく踏みつける。

「ぎゃあああああ!やめっ、やめっ、ホントに死ぬ!」

「往生せいやあ!」

 更に凶悪な蹴りが入る。

「わあああああ!降参降参!」

 そこから更に凶悪な蹴りが2,3発入ったところでHCの攻撃は止まった。

「どーですか、お客さんっ?!」

 ――それは、まさに一瞬の惨劇であった。



 一方、ズーリでは、もう一つの計画についても、協議も進んでいた。
 
 いかにして、英雄ルージ・ファミロンを、キダ本国の凱旋に組み入れるか?

 これはこれで、結構、大きな課題だったりする。
 別に居なくても構わないといえば、構わないのだろうが、やはりルージ・ファミロンという存在は大きい。
 今後、ディガルドの占領を受けていた地域において、後々に政治的な影響力を与えることを考慮に入れれば、その英雄の名声は、出来得る限り利用しておきたい、と思うのが、やはり行政をつかさどるものの考え方であろう。
 もっといえば、そのままキダ藩にとどまって、藩の復興、さらには発展の為に働いてもらいたい、という思いは依然としてある。
 ただ、キダ藩内におけるルージ・ファミロンの評価はというと、微妙な感じ、なのである。
 旧ジーン討伐軍においては、実質、ラ・カンから指揮権を奪った形になっていることと、少なくとも現時点においては、姫様をソデにして、年上のオンナと故郷に去っていった形になっていることになっていることで、イメージが少々良くないのだ。

「――となると、やはり、あの女狐……コトナ・エレガンスが邪魔な事この上無いですな」

 最近は、ブチ壊れキャラクターとして定着しつつある「無敵兄」ことア・ランの表現もナンともストレートかつシビアだ。

「どうやら、最近、また、その新たな動きを見せているようでして」

「なんと」

「ただ、最近、現地通信員との音信が不通になって以来、未だ回復せずの状態でして……」

「何?!」

「既に追加の人員をハラヤードに派遣しております。とにかく、あの女、これまでの報告によれば、かなりのやり手で、相当に商売上手。しかも、相変わらず、ルージ殿に対し、様々な策を弄し、現にご家族や、村人達は、ごくごく一部を除き既に骨抜き状態の模様で……」

「けしからん!誠にもってけしからんっ!」

「全く持って由々しき状況です」

「いかん!我々は常に後手後手に回っているではないか!?やはり、あの女、ズーリに居る間に何らかの形で消しておくべきだったか?」

 とんでもなく不穏当なことを口走るダ・ジン。

「とにかく、出来るだけ早いうちにルージ殿との連絡手段を確立させなければ、事は始まりませんな」

「その肝心の連絡手段だが……」

「それならお任せください。ここにきて、例の物が漸く完成のメドが立ちました」

 この辺りの呼吸は、さすがキダ藩家臣団と云うべきか?一度は分解したとはいえ、長い時間をかけて、何代にも渡り、醸成されてきた堅い結束力の賜物であろう。

「左様か。ならば、最終段階の仕上げを急がせよ。仕上がり次第、作戦開始じゃ」

「御意」

「これで少しでも差を詰め――いや、あわよくば形勢をひっくり返せようぞ!」

 

 さて、ダ・ジン以下が、密室で盛りあがっている頃、レ・ミィによって、またしてもボロボロにされたガラガは、医務室でリンナに「ホンット情けない男ね〜」、「それで姉さんの彼氏になろうなんて、10万年早いわよ!」と罵られつつも、手当を受けていたのだが、会議というよりは謀議が行われていることを伝え聞くと、苦笑を浮かべたという。

「ルージだったら、キダの地に残るかどうかは別にしても、少なくとも『イベント』の参加くらいだったら、頼めばイヤとは云わない性格だとは思うんだがなあ……」

 彼にしてみれば、(何をあの連中はイキリ立っているんだか?)といった感じであろう。



 ところで、同じ頃、遥か南方の地では――

「え、あの、コ、コトナさん?!」

 ルージ君、大ピンチ?!


−了−

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