This is War



「あ、あの、コトナさん?」

「ウフフ……」

「ああっ、そ、それは一体……?」

「何をそんなに驚いているの?」

「だって――コトナ、さん?」

 迫ってくるコトナ・エレガンスを前に、ルージ・ファミロンは、もはやどうすることも出来なくなっていた。
 穏やかな昼下がりが、熱情の午後に変わる瞬間――

「ルージ……」

「コトナさん……」

 じっと見つめ合う二人。

「一体……そんな服、いつ作ったんですか?」

「ウフフ、どうもこうもハラヤードの街で誂えたのよ」

「なんでまた?」

「さすがに、いつものカッコで、長々とミロード村に住み着くわけにはいかないでしょ?」

 あのカッコというのは、ルージと出会って以来、殆ど変わることのなかった、いわゆるミニのワンピース風の服のこと。
 これまで出歩く度に感じてきた、男共の視線は、コトナにとってはむしろ心地よいものであったが、現在に至っては、その視線は、ルージへの憎悪を含んだものへと変質していっている。
 実際、どこぞのバカがルージの命を狙っているか、分かったものではない。
 それでもまあ、まともに勝負すれば、ルージが負けることは、ほぼあり得ない、と思えるくらいに日々鍛えている。
 となると、それ以上の理由として挙げられるのが、やはりルージの母、ミンの視線であろう。
 どちらかといえば奥ゆかしい性格のミンに取ってみれば、コトナの立居振舞は派手に映る。ましてや、今まででも多くの男の視線を釘付けにしてきた衣服を着て、日常的に村の中で行動されたのでは、二人の男の子を持つ母親としては、何らかを危惧を抱くのは、当然といえば当然と云えよう。
 そのあたりは彼女も重々と察知していた。
 ここ一番の行動力などから、天下無敵のように思われているコトナ・エレガンスではあるが、ミンとの関係については、やはりプレッシャーであり、ストレス要因でもあった。
 というわけで、コトナは貯めていた金で、服を誂えた。
 つまりは、年頃の女性にありがちな(?)ストレス発散も兼ねた買い物だったのである。
 どちらにしても、最終的には「ルージの為」であることは、間違い無い。
 ただし、これはこれで、ミンに「衣服に高いお金を使うなんて……」と、不興を買ってしまったのではあるが。

「別にそんなムリをしなくてもいいのに……」
 
「別にムリなんてしていないわよ。それよりも、どう?どうよ、ルージ?!」

「に、似合ってます、よ」

「本当に見て、物を言ってる?!」

「え、えーと……」

「色々とバリエーションも考えてあるんだから」
 
 そこが、コトナ的には、今回誂えたツーピースのポイントらしい。
 これまで着ていた服を踏襲しつつ、ボトムに色々とバリエーションをつけているのである。
 トップ3種類と、ボトム4種類。これを着回せるようにデザインするあたりは、実に合理的というか、流浪の日々で培った術なのだろう。
 そういう地に足の付いた部分もあるからこそ、ルージもまたコトナに信頼を寄せてきたのである。
 今までの服に比べて、露出は抑え目(それでもミニスカートもしっかり準備している)にしているハズなのだが、少年にとってはやや刺激の強かったのか?ルージは俯き加減である。
 攻めるコトナに、「受ける青春」のルージの構図は、相変わらずである。

「――で、やっぱり、その……」

「?」

「仕込んでいるんですか、やっぱり?」

「え?」

「いや、その色々な暗器とか……」

「ル、ウ、ジ??!!」

 ハリセンボンと見まがうくらいに、これ以上なく頬を膨らませるコトナ。
 これに対し、何が気に障ったのか、いまひとつ理解できていないルージ。

「結局のところ、キミの見るところって、ソコなわけねっ!ふうん、よく分かったわ」

「え、えっ、ええええ!?」

「ふーんだっ!」

 それだけ云うと、コトナはツカツカと部屋の外へ出て行ってしまった。

「コ、コトナさぁん??」



 さて、元いた人口の何割かは、ハラヤードに残るなどして、ジェネレータが壊れる前には戻れなくなってはいるものの、着実に復興への道を歩んでいるミロード村。
 このようにルージとコトナの痴話ゲンカめいたものはあっても、そこでは、基本的には穏やかで平和な日々が続いていた。
 今日は今日とて、ハラヤードの市で売る為の干物を作り、またある日は、イモを収穫し――忙しいといえば忙しいが、元の日常を確実に取り戻しつつあった。

 ――が、その平穏な日常が、ここから約10日の後、意外な形で崩されることを、幸か不幸か村人達は未だ知らない。



「いや、しかし、これは酷い」

「ここまでやるか、フツー?!」

 ハラヤードの中央病院の病室では、キダ藩の使者が、おののいていた。

 病室にあるベッドに横たわるのは、ダ・ジンによって密かに送り込まれていた通信員の面々。

「しかし、通信員5名が片っ端からか?」

「いずれも、あご、腕、肋骨、足などを破壊され、日常に復帰するには3ヶ月〜半年はかかるそうです。ただ、それよりもむしろ精神的なダメージの方が大きいようで……」

「それほど、苛烈だった、ということか……あの女狐、敵に回すとこれほどまでに恐ろしいとは……」

 確たる証拠があるわけではないが、通信員を務めるほどの、藩内でも腕に覚えがある連中が、圧倒的にやられるのだから、恐らく犯人は奴に間違い無い、と、既に断定しているキダ藩の面々。
 
「道理で情報が届かないと思ったら、こういうことだったのか」

「念を入れて、主力部隊を別にしておいて正解だったな。奴に感づかれては厄介だ」

「なーに、こちらも無敵一族のア・ラン様が控えているのだ、心配するでない!」

 どこからこんな自信が出るのか不思議でならないが、実際、ここまでア・ランとその配下は、そうやって生き残ってきたのだ。

「とにかく、最後まで気を抜かず、今回の使命を果たすのだ」



 その日、村長宅では、ルージが伝票と格闘していた。

「うん、今月も村の収支は、なんとか黒字に持ち込めそうですね」

「良かったわね、ルージ」

 にっこりしながら、さりげなくお茶を出すコトナ。
 例の一件から、その日の夜は、ルージと口を聞いていなかったが、コトナ自身、さすがに「大人気ない」と思ったらしく、一応の機嫌は直している。
 そして、今日は、しっかりと「秘書」ぶりを発揮している。

「コトナさんの商売の仕方が、的確だからですよ。どうしても経費を圧縮するだけじゃ限界がきますから」

 ジーン戦役後、辺境のミロード村とて貨幣経済とは決して無縁では無くなった。
 今度はゾイドや兵器ではなく、あらゆるカネが飛び交う、新たな戦乱の火種が、各地で萌芽しつつあったのだ。
 そしてまた、経済による戦いをきっかけに、血が流れる戦争が起きるであろう、という予感が、ルージの頭の中に漂い始めていた。
 そんな彼が、計算を終えると、突然、赤面した。

「あの、その、素敵ですね、今日のコーディネイト。さすがコトナさんって感じで」

「そう?」

「なんていうか、その……優しい感じがして」

「あら、どうしたの急に?お世辞を言っても何も出ないわよ」

 お世辞だとしても、それでも、コトナにとっては嬉しい。突然のことなんで、コトナも照れが入ってしまう。が、まさに天にも上る想い、であった。
 だが、そんな幸せは一瞬にして破壊された。

「た、た、た、た、大変だあああ、ゾイドの大群が、こっちに向かってきてるぞー!」

 村人の一人が、猛烈な勢いでファミロン家に駆け込んできた。

「え、ええ?!」

 あまりにも突然の事で、動揺が広がる。が、こういった緊急時になればこそ、その持てる能力をフルに発揮するのがコトナ・エレガンスなのである。

「私、出るわ!」

 そして、コトナは冷静かつ迅速に、現在、起きている状況に対する行動を起こしていた。

「ゾイドに乗れる人は、乗って待機するように伝えて!ファージ君、キミも乗るのよ!」

「は、はい!」

 そばにいたファージもイキナリ指名されて、きょとんとする間も無く、外へと飛び出していった。

「じゃ、ルージ、行ってくるわね。まあスグに片はつくと思うけど」

「気をつけて下さいね」

 こういった動揺の中にあっても、気遣いを忘れないルージ。それが、コトナのハートを捕らえて離さない理由の一端なのだが、彼は気づいているんだか、いないんだか。
  
「私を誰だと思ってるの?」

 と、云いながら、微笑みかけると、踵を返したコトナは一陣の風のように飛び出していった。
 その後には、彼女が残した、ほのかな香りが漂っていた。

(せっかくいい感じだったのに〜!)

 ファミロン邸を飛び出していったコトナは、空に向かって大声で叫びたい気分だった。



 コトナのレインボージャークγが索敵の為、前線へと飛んでみると、決してバカには出来ない規模の部隊が、ミロード村に向けて驀進していたのだが、よく見ると、中心にいる黒い機体といい、その部隊のゾイドには、見覚えのある識別マークが描かれていた。

(あ、あれはひょっとして――)



「さすがは、コトナ・エレガンスだ。対応が速いな」

「……落としますか?」

「バカ云え、この状況じゃヘタすれば返り討ちだ。それに後々具合が悪すぎるわ」

 物騒なやりとりをしているところに、通信が入ってくる。

――そこの黒い軍団!ミロード村に何か御用かしら?

「やあやあ、これはこれは、誰かと思えば、どういう事情かミロード村に居座っているコトナ・エレガンス殿ではありませんか?!」

 表現にどことなく毒がこもっている。

「相変わらず見目麗しく……お元気でしたか?」

――そんなことはどうでもよくて、何か御用かしらって、訊いているんですけどっ!?

「やや、これは失礼。実はかくかくしかじかで、キダ藩の使者として参った次第」

――それにしては、随分大袈裟な部隊編成のようだけど?

「ま、ま、それは村についてからじっくりと……」

――まさか、攻め落とすなんてことはないわよねえ?

「そ、そんな、滅相も無い!」


 
 かくて、一行が村に着くや否や、挨拶もそこそこに、猛烈な勢いで、村長宅に資材を持ち込むと工事を始めた。
 この勢いを前に、ラージ、ミン、シオ、そしてルージといったファミロン家の人々も呆然とするほかなかった。

「ちょっと、アンタ達、一体、何をするつもりなの?」

 呆然とするファミロン一家や村人をヨソに、一人冷静なコトナが、ア・ラン達に食ってかかる。

「まあ、まあ、まあ、キダ藩からミロード村への、ささやかな贈り物ですよ」

「贈り物にしては、少しどころか、相当にきな臭い感じがするんですけどっ?!」

「きな臭いなんて、そんな人聞きの悪い」

 コトナは、一連の動きが、緻密に練られた「組織的かつ計画的な犯行」であることを既に確信していた。
 事前に計画を察知することができなかった自分に、(察知していたとしても阻止することはできなかったであろうと、分かっていても)半ば腹立ちを覚えていた。

「まあ、いいじゃないですか、コトナさん。悪気があるわけじゃないんだし」

「ルージ……」

 悪気が無いからこそ問題なのよ――と言葉を続けようとして懸命に抑えるコトナ。その訴えかけるような眼にルージは、気付いて……いないんだろうな、多分。
 少なくとも、この状況は、キダ藩からコトナ・エレガンスに対する反撃のノロシと考えても差し支えは無いであろう。



「どうだ、繋がったか?」

「今、システムの調整中です」

 ものの3時間でファミロン家の敷地裏に、アンテナが建設され、ルージの「書斎」には、最新鋭の通信装置が設置されていた。

「え、これ通信装置なんですか?本当に?だって、これ、トラフで使っていたのよりも明らかに小さいじゃないですか?!」

 なんだかんだで、最新の設備には興味津々のルージである。
 実はルージが、このテの「新しいもの」、「文明の利器」という類に確実に食いつくという性質を視野に入れて、今回の作戦を立案したのは、家老ダ・ジンである。
 実際、ダ・ジンの作戦は、大当たりである。
 明らかに、ソワソワしているルージは、子供そのもの。
 それを見て、コトナはまた「カワイイ」と思うのだが、今はそんな状況ではない。

「この配線の処理が、ほれぼれとするくらい美しいですねえ」

「でしょう?」

「へー、これ、集積回路なんですか?」

「最新技術の粋を集めました一品ですよ。これを作り上げるのに、どれだけ設備投資をし、どれだけのマンパワーを使ったことか――」
 
 そう語る、技術者の目は、少し潤んでいる。

「苦労されたんですねぇ」

「そりゃあもう」

 もっとも、本当に地獄を見たのは、開発の為に散々コキ使われた元ソラシティの技術者達だったりするのだが、それはナイショの話である。

「このインターフェースも、随分と洗練されているじゃないですか?!」

(ゴメン、ルージ。さすがの私も、ちょっとそのキミの感覚には、ついていけないかも知れない)

 そうこうしているうちに――

「テスト完了!」



――ハーイ、ルージ!久しぶりね!

 テストが終わり、通信が繋げられると、映像装置にはヘッドセットを付けたレ・ミィの姿が、ドアップで映し出されていた。

「ミ、ミィ!?」

――そっちに帰ってから、随分と好き勝手やっていたみたいね?

「い、いや、それほどでも」

――それはともかくとして、このレ・ミィ様が、わざわざアンタに連絡を取るくらいだから、何か用件があることくらいは分かるでしょ?

「え?」

――ニッブいわねえ〜。あの戦いが終わってから、もう一年でしょ?式典やるから来なさい。あ、それからキダへの凱旋もあるから、ついでについてきて!詳しい話は、ア・ランに訊きなさい。用件は以上よ。

「ちょ、ちょっと、ミィ?ねえ」

――というわけで、ア・ラン、あとしっかり頼んだわよ!

「御意でございます!」

――じゃあ、通信終わるわよ!この通信システム、まだ不安定な上に、バカみたいにお金がかかるから、長い時間は話せないのよ!

「あ、ちょっと、待って、ミィ!?」

――来なかったら、ただじゃおかないわよ!

 一方的に用件をまくし立てると、通信はあっさりと切られてしまった。



「良かったですなあ、姫」

「ま、あのバカの顔を久々に拝めただけでも良かったわね。相変わらず、ひ弱そうな風貌していたけど」

 ズーリに臨時で設けられた通信ルームで、きゃはは、と無邪気に笑うレ・ミィを見て、目を細めるのは、他ならぬ、今回の一件の首謀者であるダ・ジンである。
 ミィの嬉しそうな表情を見れば、ここ数ヶ月、ソラの民の中でも選りすぐりの技術者達を半ば拉致軟禁状態にまでして、新型の通信機を開発した甲斐があるというものだ。
 一方、ミロード村では、ルージ・ファミロンは、ただただ苦笑していたのは、言うまでもない。



 その晩、村では、なし崩し的に宴会が始まっていた。
 一応、ミロード村の人々も慌てて準備をしたが、それ以前にキダ藩の面々が、その為の酒やら材料を持ち込んでいるところからすると、もはやこれも確信犯的に行われているのは、云うまでもない。

「マッタク、キダの人たちの、強引さと来たら!」

 ここに来て、コトナは、また一つ確信を得た。この強引さは、キダの民全般の気風なのだ、と。

「まあ、まあ、俺も久々にみんなと会いたいですし、特に断る理由は無いでしょう」

 といいながら、通信機の仕様書をパラパラとめくるルージ。

「それはそうなんだけど……」

「キダにも一度は行ってみたいですし」

「それもそうなんだけど……」

「何か問題でもあるんですか?」

「別に問題は無いけど……」

 ――ホント、キダ藩には、上手くやられたわね、と思うコトナである。

「ああ、ココは覚悟を決めないとダメかあ〜」

「覚悟?」

「キミは人が良いからなあ〜」
 
 恐らく、ズーリに行けば、ミィ、というよりは、それを取り巻くキダ藩の面々とのルージを巡る暗闘が待っているハズである。事と次第によっては、それは熾烈を極めることになるだろう。それでも――
 
(逃げちゃ、ダメなんだよね……)

「さて、と、ルージ、私たちも宴席に顔を出しましょうか?」

 そう云うと、コトナはウインクをしてみせた。

「あんまり二人で部屋に居ると、ミンおばさまが、余計な心配をするかも知れないし」

「はあ?」

「ホラホラ、行くわよ」

「あんまり飲みすぎちゃダメですよ」

「分かってるわよ、ルージ君っ」

 今夜は長くなりそうだな、と思うと、ルージは苦笑いするしかなかった。
 
 とりあえず、ミロード村の夜は、ゆっくりと更けていく、のである。


−了−

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