Dangerous Tonight



「うふ、うふ、うふ」

 あの「自由の丘の戦い」から、間もなく一年。
 キダ藩の暫定首都となっている要塞都市ズーリは、終戦記念式典とキダ本国への凱旋の日が、いよいよ間近に迫り、てんやわんやの状態になっていた。
 そのような中にあって、我らがミィ様、今日も元気いっぱい。
 なんといっても、映像ごしとはいえ、ルージと久々の対面を果たしたので、自然とテンションが上がろうというもの。

「えへ、えへ、えへ」

 傍目から見ても、正直、かなり危険なレヴェルである。
 会話が終わってからというもの、それはもう満面の笑みを浮かべつつ、物凄い勢いで、丸焼き用の鳥を絞めまくっているのである。

「これで実際に再会しようものなら、ミィ、どうなっちゃうんだろ……?」

 心配しているのは、ソウタだけではあるまい。

 既に式典へ招くべき者達への使者は、各地に散っている。
 通信機器設置の為の先発隊を派遣していたミロード村にも、正式な使者が、あと3日もすれば、到着するハズだ。
 どちらにしても、ルージ・ファミロンが、その場に居なければ何も始まらないのは、誰の目から見ても明らかであった。
 あまりラ・カンが前面に出ても、いらぬ反撥をされるだけ、という事実にも若干の寂しさは隠し切れない。



 そんなズーリも、日が暮れると、昼間の喧騒からは想像できないくらい、静かな夜を迎えていたハズなのだが――

「さて、例の件について、そろそろ方針をハッキリさせておきたいのだが」

「まあ、仕方がないといえば仕方ないですよね」

「ルージ殿がおいでになるということは、当然、あの女狐も来るということですからね」

「せめて道中で事故でも起きて、上手いこと消えてくれれば良いのだが……」

「それは、文字通りの『事故』という意味ですか?それとも――」

「とにかく、勝負は終戦式典から、キダ本国への凱旋が終わる前後まで含め約2週間だ」 

 本当に性懲りも無く、秘密会議が繰り広げられていた。
 さすがにいつまでもコトナへの恨み言を並べていても仕方がない、というわけで、来る日に備え、数ヶ月かけて様々な作戦が、具体的な形で練りこまれていた。

「なんとか、ここでケリをつけてしまいたいものだな」

「それはもう」

「これは何よりも、我がキダ家臣団の総意でもあります」

 相変わらず、妙にキナ臭い密談が交されているかと思えば、別の部屋では――



「で、みんなはどうするんだい?」

「どーするって何を?」

「キダでの凱旋が終わった後のことだよ。一連の行事が終われば、我々もいよいよ以って解散ということになるだろうしね?」

「まあ、そういうことになるわな」

「で、雷鳴のガラガ氏は、この後、何をするつもりなんだい?」

「そうだな、オレはまず、コトナと共に故郷の村の再建を――」

「まだ言ってるか、このデクの坊。とうとうまともな思考をすることすら出来なくなったのかしら?」

 ズーリに来てからというもの、リンナが完全に猛毒キャラと化したのは、決して気のせいではないようだ。

「オレは、そうだな、修行の旅をしつつ、故郷に戻るとするか……」

「それだったら、私、セイジュウロウ様についていっちゃおっかなー」

 一方で最近、リンナはセイジュウロウにぞっこんだったりする。

「おまえ、年の差を考えたら?」

「8つ下の娘を追いかけて、振られても、まだ諦めきれないどこかの誰かさんよりはマシだと思うけど?」

「それは、俺の事か?」

「あら、よく分かったわね」

「こ、こ、こ、このアマー」

「私に手を触れるな!」

 仕込み匕首をすんででかわすガラガ

「だから、刃物はやめろ!」

「アンタにようなバカは死ななきゃ治らないでしょ!?」

 壮絶な格闘を繰り広げている二人はほおって置いて、セイジュウロウとロン=マンガンの間で、今後の進路についての話し合いは続く。
 
 ダンブル、ガボール、ハックといった面々の姿は、既にズーリにはなく、ソウタはソラシティの評議会による保護観察中という扱いになっている。

「特に理由があるわけでなし、いつまでも残っているわけにもいかないだろう」

 少なくとも、これがセイジュウロウにロン、ついでにガラガの共通見解。

 恐らくリンナとノーグは、当面キダ本国、あるいはズーリで暮らすことになるのだろうが、崩壊したアイアンロックについても、奇跡的に生き残ったジェネレーターを中心に新たな都市計画が立てられている。
 ルージのラ・カンに送った書簡で記した構想が実現となれば、数年の後には、アイアンロックは新たな歩みを始めるだろう。

「ま、ボクはまたパラ部長の下で、役人らしい生活することになるだろうね」

「役人らしい、か……ふふ」

「その笑み、何かひっかかるものがあるんだけど?」

「そうか?どちらにしても、この面子でワイワイガヤガヤやるのも、あと僅かということになるな」

 そういいながら、セイジュウロウは、窓の外に視線を移していた。

「そういうこと、だね」



「オラオラ、このあたしの酒が飲めないのか〜?」

 さてさて、ほぼ同時刻、ミロード村では何が起きていたか、というと、突如として現れたキダ藩通信施設備建設部隊により、ちょっとした騒動の場となったものの、夜を迎えて、そんな部隊の面々を「一応の歓迎」(コトナ談)する為の宴が催されたのは良かったのだが……。

「って、うわあああ、コトナさん、いつの間にそんなにお酒を呑んでたんですか?!」

 つい数十分前までは、お猪口で舐めるように呑んでいたハズなのに、ルージが少し目を離し、あっと思った時には、大量の瓶やら樽やらが、コトナの目の前に並んでいた。

「うらあぁぁぁ」

 ルージはパニックになり、周囲の村人達の笑顔が引きつるのをよそに、メートルが上がりまくったコトナが、大暴走の限りを尽くしていたのである。
 元々、少々酒癖の悪いところはあるものの、云うまでも無く、今夜のコトナは確信犯である。
 宴が催される事が決まった時点で、ルージはコトナから発せられる危険なオーラは察知していた。
 だが、隙が出来た。というよりは、むしろア・ラン以下が自ら墓穴を掘った、と言うべきか。
 
「だってえ、ルゥジィ」

 とろんとした眼がイヤに色っぽいので、ルージはドキリとした。

「元を正せば、こいつらが、ろくに飲めないくせに、このあたしに『ま、一杯』っていうから、その誘いに乗ったまでよお」

 表面上は、それで正しい。

「でも、この状況になるのを、貴女は狙っていたんでしょう?」

 とりあえず、壊れてしまえば、酒の席でのことと、後でいくらでも言い訳が付く(実際には、つかないこともあるわけだが)。

「それにしたって、潰しにいくことは無いじゃないですか?」

 コトナが作り出した壊滅的ペースにより、哀れ、キダ家臣団は、今や屍累々である。

「こいつらが弱すぎるのよ!」

「弱すぎるって、今夜の貴女みたいな飲み方をしたら、ヘタしたら命にかかわりますよ!って、そもそもコトナさん、17歳じゃないですかっ?!」

「失礼ね、18になったわよ!?それとも、あたしが17だといけないことでもあるの?!」

 今日はキダ藩の面々に散々好き勝手されたんだから、こうでもしなきゃ、やってられないわよ――と余程、叫びたかったが、ギリギリの理性で押さえつけるコトナ。
 その眼は、しっかりと座っている。

「と・に・か・く!もう、今夜は遅いですから、そろそろ、部屋に戻りますよ?」

 議論をしていても仕方が無いので、ルージにしては珍しく強引に事を運びにかかる。

「ぶぅ!」

「子供みたいに拗ねないで下さいよ」

「キミは私の保護者か?!」

「何をバカなことを口走っているんですか!本当に今夜は飲み過ぎです!」

「あたしはまだ酔っぱらってないわよ」

「十分に酔っ払いですよ」

 さすがにルージもムっとしたのか、コトナを半ば強引に引きずろうとする。

「立てるわよ、あたしを誰だと思ってるの?」

 酒。
 それは後の世になって、様々な伝説を作る事により、コトナ・エレガンスの唯一にして最大の弱点として語られる事が多い。
 が、本当に意味で弱点となるのは、ルージ・ファミロンがそばにいるときに限られるという注釈に気が付く人は、案外と少ない。



「コトナさん、ほら玄関で寝ないで下さいよ。寝室はこっちですよ」

「わかってるわよぉ!」

 と、いいながら、服を脱ぎだすコトナ。

「だあああ!何を考えているんですか?!」

「ちゃんと、寝間着に着替えるんじゃない」

 そういえば、ちゃんとした寝間着に着替えるようになったのは、ミロード村に住むようになってからである。
 が、今はそんな解説をしている場合じゃない!

「寝室に入ってから脱いでください!」

「ルージってば、ミンおばさまみたいなことを言うのね」

「母さんじゃなくたって、こう云いたくなりますよ、普通」

「ルージ、お水ちょうだい」

「はいはい、ちゃんと寝間着に着替えてからですよ」

 なんだかんだといいながら、甲斐甲斐しいルージ。

「ルージ、着替えたから、服を洗濯しておいて」

「はいはい……って、それは明日の朝、ご自分でして下さい!」

「けちー」

「まったく、こんな姿、ガラガやリンナさんには見せられないよ……」

「何か云った?」

「いえ、別に」

「ルージ!」

「今度はなんですか?」

「添い寝して」

 アルコールが入っているのを良いことに、その力を借りて、コトナは言いたい放題、甘えたい放題である。

「バカなこと、言わないで下さい!」

「いいじゃない、たまには」

「何を考えているんですかっ?!」

「ぶぅっ!」

「拗ねたってダメなんですからねっ!」

「くーき、よめー」

「何の空気を、ですか?あ、ちゃんと毛布をかけて寝て下さいよ。風邪ひいちゃいますからね」

 と、いいながら、水を汲み始めるルージ。
 ところが、コトナの反応が無い。
 辺りを奇妙な静寂が支配する。

(ひょっとして、もう寝ちゃいましたか?まったく、しょうがない人だなぁ……)

 ルージは心の中で軽くボヤきながら、寝室に水を運び込む。
 ベットの上には、寝間着姿のコトナが気持ちよさそうに転がっていた。
 
(ちゃんと着替えてはくれたみたいだな)

 ルージは、枕もとに水筒をコップを置くと、コトナの身体に毛布を掛け直そうとしたのだが――すうすうと寝息を立てるコトナの顔、そしてはだけた胸元を見た瞬間、余りにも無防備な姿にルージの心拍数は急上昇した。
 思わず、口付けをしそうになるがが、ルージは、なんとかして理性で踏みとどまろうとする。

「何してるの、ルージ?」

「っわわ!」

 突然、目を開いたコトナに驚いて、後ろへのけぞるルージ。

「まさか、イケナイことをしようとした?」

「そんなことは、決して――って、狸寝入りしてたんですか?!」

「もし、本当に寝入っていたら、キミは何をするつもりだったのかなぁ?酔っぱらって寝入った女の子を相手に、あまり誉められた行動じゃないわよねえ……」

「ううう……」

「ごめんね、ルージ。やっぱり今夜は少し飲み過ぎちゃったかな?」

「お酒を飲むのは結構ですけど、あんまりオレを困らせないで下さいよ」

 そういうと、ルージはコトナの髪をそっと撫でた。



「ほう、それで?」

「ええ、まあ、一応、式典の性質上、色々あったとはいえ、やはりアンタには来てもらわないとな」

「仮にも元ディガルド軍中将の私が出て、混乱を招くのは、キダ藩の人間としても本意ではあるまい」

「いや、しかし、遥か南方のミロード村からもルージ殿が出席なさいますし」

「ルージ君がかっ?!」

「ザイリン中将?」

「今から、ここを発つ準備をしておけ。明日のレースが片付き次第、すぐに出発だ。新たなゾイドも『発掘』したことだしな」



 多くの人間が、ズーリに向けて進路を取ろうとしていた。
 そして、また時は動き出す。


−SS第13話、終わり−

トップページへ戻る