Paint it,Black
要塞都市ズーリは、早朝から慌しく動き出していた。
先の戦役で、最終決戦の地となった「自由の丘」での終戦記念式典まで一週間を切り、それはもうてんやわんやの状態である。
終戦式典が終われば、この街はキダ藩暫定首都としての役目を終えることになる。
となれば、一足先にズーリからキダ本国に戻る者も多く、引越しもたけなわである。
一部、実務担当者も既に帰国している。
「さびしくなるね……」
ここはズーリの藩主館。
「そっか、ギンちゃんは、ここに残るんだっけ?キダに来れば良いのに……」
「立場上、そういうわけにもいかないよ」
形はどうあれ、元はディガルド武国の士官であり、「四天王」の一人として数えられていたソウタは、様々な権謀術数が交錯した結果、現在、ソラシティ評議会による「保護観察」の下にある。
つまりのところ、ラ・カンやレ・ミィは別として、キダ藩関係者にとっては、扱いに困る存在であった、ということである。
この世界において、「戦争犯罪」という概念は薄いが、それでもさすがにキダ藩の人間として受け入れる事に関しては、抵抗が強いのは事実であろう。
ザイリンのように、その実力で周囲を黙らせることも可能ではあろうが、ソウタは、あまりにも若い、否、幼かった。
故に、彼は熟考の末、優しい姉的存在となったレ・ミィの下を離れ、ズーリに残ることにしたのである。
そんなウエットな場面が展開されている最中にあってもキダ藩の「有志」の面々が、藩の将来の為に、あらゆる策謀をめぐらせていたりする。
「明朝、ルージ殿が到着してからでは、修正は効かないぞ.。ここで立てたマニュアル以外にも、発生し得るあらゆる状況を想定に入れるのじゃ!それから、分かっておるとは思うが、あの女狐には勿論のこと、ルージ殿や姫にも我々の動きが悟られぬようにせよ!」
「御意」
「キダ藩再興準備室」の中に設置された家老ダ・ジン直属のプロジェクトチームは、ラ・カンとレ・ミィ(いうまでもなく特に後者)に、ここ1ヶ月というもの、その存在すら気づかれぬように最大限の注意を払いつつ、策を練りに練って、来るべき日に備えていた。
情報によれば、現在、移動中のア・ラン一行は、実に巧妙にルージとコトナ・エレガンスを引き離しているという。
「この部隊のゾイドは、キダ藩防衛隊のいわば軍用のものであります。いくらルージ殿のお知り合いとはいえ、作戦行動中の我が藩のゾイドに、兵員でもない藩外の女性を乗せるわけには参りません」
「参りませんってねえ……」
あくまでも笑顔のア・ランとコトナ。
あ、でも、コトナの眉が、若干ヒクヒクと動いているか。
「私だって、ルージやラ・カン達とディガルドと戦ってきた討伐軍の一員だったのよ。いくらなんでも、もう少し融通を利かせてくれたって、良いんじゃないかしら?」
コトナにしてみれば、あのジーン戦役の最終局面において最高指揮官にまでなったルージ・ファミロンの忠実な副官的存在として、また希少な飛行ゾイドを操り、様々な作戦に関わり、勝利に導いてきたという自負がある。にも関わらず、それらを無視し、ぞんざいに扱われることに対しては、ガマンならないのだ。
「ありえません!融通が利かないのが、規則というものです!」
もちろん、そんな規則は、少なくとも現時点では存在していない。
「規則なら、しょうがないですよ、コトナさん」
あくまでも自信満々のア・ランにあっさりと納得させられてしまうルージ。
「ルゥジィ?」
そこには、軽い怒りのニュアンスも含まれていたのだが、当然のごとくルージは気づいていない。
「そういうことですから、一刻も早く出発しますよ」
(くっ!)
――という応酬から、はや5日。
コトナは、ア・ラン以下の計算し尽くされた連係を断ち切ることが出来ず、部隊のしんがりのグスタフの最後尾に連結されたコンテナの中で、ストレスを溜めに溜めていた。
(ちょっと彼らを甘くみていたわね)
コンテナの中には、ベッドの他、簡易なシャワールーム、そしてクルックーの寝床が準備されていたあたりに、彼女に対するそれなりの配慮も伺える。が、これらが、いかに今回の一連のキダ藩の動きが用意周到であったか、を如実に物語っていた。
(とにかく、明日、ズーリに着けば……)
状況を変えられるハズ――しかし、コトナは思っている以上に、その策謀は綿密に練られており、彼女の希望は、あっさりと打ち砕かれることになる。
「ふふふ……」
首謀者であるダ・ジンにとっては、ここまでの展開は、期待以上。コトナが地団駄を踏む姿が目に浮かぶようで、会議中も笑いを噛み殺すのに必死であった。
コトナの思いとは裏腹に、彼らキダ藩の面々は、既に入念な次の一手を準備しているのは、言うまでもない。
「だが、あの女狐のことじゃ、どんな手段で反撃に来るか分かったものではない。決して油断は出来まいぞ。全ては明日から。明日からが本当の『勝負』じゃ、せっかく、ア・ラン達が築き上げたリードを無駄にしてはならんぞ!」
そう云って、場を引き締めたダ・ジンではあったが、会議の後、彼の執務室からは、少々不気味な笑い声が漏れていた、という証言が多数残っている。
などとやっているうちに、あっという間に一日が過ぎて、明けて翌早朝――
「久しぶりのズーリだ」
同年代の少年に比べれば、恐ろしくタフなルージとはいえ、6日目の朝を迎え、そろそろ長旅の疲れが出てくる頃だったが、朝日に浮かぶ要塞都市の姿を発見するや、一気に活力を取り戻していた。
「あれからズーリも、ソラからの移住者による建築ラッシュで、すっかり街の景色が変わってしまいました」
「そうなんですか?」
空襲で焦土となった市街跡には、ソラシティの技師が持ち込んだ最新の建築工法により、中層の建物が次々と建てられており、キダの民にとっては、それは恐るべき速度で新たな街が出来上がりつつあった。
「街の中に入ったら、あまりの変わり様にビックリされること請け合いです」
「そうなると、ズーリは、この後、どうなるんですか?」
「誰が何と言おうとも、我々が拓いた街ですから、当然、これまでと同様にキダの者が管理します。が、街の一角にソラシティ評議会による暫定自治区が出来ることになります。その交渉も、つい先日終了し、キダ藩との協定が締結されました。そこに漕ぎ着けるまでに、相当な苦労をさせられましたがね」
現状において、ソラの民と地上の民(戦争の真相を知ったならば、なお更である)が、急激に交じり合うことは、ある種の危険を伴うものと考えられている。
そのような中で決して広くは無い街で、平穏な市民生活のためには、ある程度は仕方が無い話なのかも知れない。それでも、街の一部を事実上割譲する形になったキダ藩側にとっては、渋々の判断であったし、一部からは不満の声が上がっているのも事実である。
「キダにとっても、彼らにとっても、今のところ、その方が良いのかも知れませんね」
一行が街の入り口でもある格納庫に入ると、そこには、早朝にも関わらず、既にミィ達が、「もう待ち切れない」とばかりにズラリと待ち構えていた。
「コトナアアアア!」
ルージ達が、降りてくるや否や、ミィは駆け出していた。いや、正確には、ガラガもコトナに向かってスタートを切ったのである。が、次の瞬間、リンナが伸ばした足に躓き、派手にスッ転んでいた。
「バカめ……」
そうつぶやくリンナの横で、セリフを奪われたセイジュウロウが、所在無さげにしている。
本人の思惑はともかくとして、結果的にリンナにお膳立てをしてもらった我らがミィ様であるが、真っ先に飛びついたのは、ルージではなく、コトナであった。
「コトナッ!」
「ミ、ミィ?!」
「会いたかった〜」
突然のことで戸惑うコトナ。そんなことは、お構いなしに顔を胸に埋めるミィ。
余談だが、女性にとっても、この行為は、「気持ちの良い」ものらしい。
スカされた感じのルージだが、あまりにも刺激的な絵が、目の前で展開されている為、声をかけることが出来ない。
「あ、あのー、えーと……」
「あ、ルージも久しぶり」
ひとしきり、コトナの胸を堪能したあと、ルージの存在に「今、気づいた」といわんばかりのミィ。
(人を呼びつけておいて、それかいっ!?)
一瞬、言葉に出そうになったが、それを理性で抑え付けるルージ。
別に感動の再会というか抱きつかれたりすることを期待していたわけではないが、これには、結構ムカついた模様だ。
休む間も無く、ズーリの行政府であるところの藩主公館に行くと、事実上の謁見場ともいえる「大広間」に通された。
そこの上座には、既にラ・カンが着座していた。心無しか、以前よりも物腰、雰囲気に風格を感じる。その姿にルージとコトナは、一瞬、気圧されたような気がした。
ラ・カン自身、藩の再興が現実の物となったことで、自信と誇りを取り戻したことで、知らず知らずに名君と謳われていた頃の自身を取り戻しつつあるのだろう。
「よく来てくれたな」
「ラ・カン公におかれましては、ご機嫌麗しく――」
「堅苦しい挨拶は良い。ルージ、元気そうだな。ご家族も達者でおられるか?」
「ええ、両親、祖母、弟も皆、元気です」
「コトナもミロード村での生活には、もう慣れたか?」
「ええ、まあ」
「そうかそうか、何よりだ。色々と土産話を聞きたいところだが、二人とも長旅で疲れているだろう。まずはゆっくり休め。誰か、誰か二人を部屋に案内せよ」
「はっ」
すると、筆頭家老のダ・ジンとその側近達が、素早く現れる。
「いやあ、ルージ殿、よくおいでになられた。明日からは大変ですからな、今宵はまず、ごゆるりとされよ」
「ルージ殿が来られるというので、皆、張り切って準備をしましたよ」
「風呂の支度も出来ております」
「あ、コトナ嬢の部屋は、左行って突き当たり右行って、奥ですんで」
本当にコトナがあっ、と思った時には、大広間からルージが「連れ去られて」いた。
「ちょっと……」
コトナの中で、何かが切れる音がした。
「これは一体、なんなのよっ!?」
思わず、ラ・カンの方をキッっと睨み付けるコトナだったが、ラ・カンにしても、その裏事情を知らないので、キョトンとするばかりであった。
その後もコトナは、客間に着くや、休む間も無く、近衛部隊の兵士への徒手格闘の指南をさせられるわ、ガラガに付きまとわれるわ、記念式典に関する雑多な事務作業まで手伝わされるわ、その合間にリンナにイヤミは言われるわ、と散々であった。
「村の復興、順調に進んでいるんですって?」
「今更ながら、ジェネレータって偉大なんだなあ、って思ってるよ」
「ま、コトナの手助けがあったんでしょうけどね。アンタだけの力とは思えないもの」
「まあね、コトナさん、賢いし、商売上手だし、ホント、そういうことに関しては、コトナさんの方が上手だよ……なんか参っちゃうよ」
「……満更でもなさそうね」
「そう、かな?」
少し照れて見せるルージに、ちょっぴり嫉妬して見せるミィ。
「それで、どうするの?」
「え、何を」
「将来よ」
「いつまでもコトナが村に居てくれるとは限らないわよ」
これは一種のブラフである。
「それは、やっぱり、コトナさんの意思次第じゃないかなあ。村の人の中に好きな人ができれば、ずっと住むんだろうし、そうでなければ……」
「アンタはどうなのよ?」
「んー、いざというときには頼りになるし、居てもらえるなら嬉しいかなぁ」
「はあ」
この男、どこまで鈍いのか?
それだからこそ、ミィとしても付け込む余地はあるのだが。
「どちらにしても、あと1年くらいして、村が落ち着いたら、一度、旅に出るというか、どこかで本格的に学問を修めようかなって」
「あ、やっぱり教師になるつもりなんだ」
「まあね。ただ、どうせなら、しっかりと勉強しておこうかな、と思ってるから」
「もっと他にしたいこととかないの?」
「俺、ゾイドに乗れないし、それじゃあ、この世界で、そうそう大きなことはできないさ」
「村の外に出るのはいいけど、そのとき、コトナはどうするの?」
「うーん、そこが悩みどころなんだ。そうそういつまでもコトナさんの好意に甘えているわけにはいかないと思うんだ」
(コトナだったら、どこへ行くにも、ついていきかねないわね)
何せ「前科」がある。
「だったら、ここで勉強すれば?ここに来れば、アンタの大好きな最新の技術ってやつもあるし、ソラシティの人達から色々と学べるはずよ」
「それも選択肢の一つだけど」
「何か不満でもあるの?」
「うーん、一応、カトゥーンを拠点にしようと考えているんだけど」
「なんで?!」
「なんで?!って、ここだったら、知っている人もいるから、楽は楽なのかも知れないけど……敢えて、厳しい環境に飛び込むのも良いかな、と。カトゥーンにしたって、悪いようにはならないだろう、というのも考慮に入れてはいるのだけれど」
「案外、計算高いわね」
あの戦いの日々が、彼を強かにしたのは、事実である。
それと同時に、彼自身の内面に色々な世界を見ておきたいという、強い欲求があるのだろう。
「それにしても……」
「?」
「……ズーリの街も随分変わったね?朝、ア・ランさん達には聞かされていたけど、まさかここまでなっているなんて思わなかったよ」
「あんまりにも急激に街の風景が変わっちゃうから、ワケわかんなくなりそうよ!」
天守閣にあるミィの執務用の部屋にあるバルコニーからは、街が一望できる。
「ホント、これから、この街、どうなっちゃうのかしらねえ?」
「しっかし、ミィときたら、朝から元気いっぱいって感じだね」
「……」
こちらも城内の一角。ロン・マンガンとセイジュウロウも、午後のひと時、一息ついているところであった。
「あ、今朝、リンナにセリフ取られたの、怒っている?」
「いや、別に」
「セイジュウロウも結局、キダ藩には残らないんだっけ?」
セイジュウロウも、終戦記念式典、キダでの凱旋が終わった後は、キダ藩から離れる決意をしていた。
「ああ、しばらく故郷で田畑でも耕すとするさ。だが――」
「だが?」
「ゾイドファイターをやめるわけではない。まだまだファイターとしての血が騒ぐのを抑え切れないのだよ」
「ザイリン・ド=ザルツとの再戦だね?」
「それもある。それにルージがいつか再びゾイドに乗れるようになり、一戦を交えることになるかも知れない。その時、自分が弱くなっていたら弟子に示しがつかないだろう?」
現時点では実現の可能性は低いと言わざるを得ない。しかし、そんな希望を語るセイジュウロウの眼は輝いていた。
そんなこんなで、自由の丘での式典まで、あと4日。ズーリの時は、バタバタと過ぎていくのである。
その頃、自由の丘への中継点となっているトラフに向かって驀進している集団がいた。
「フフフフフフ、あと少し、あと少しで……ルージ君、待っていたまえ、フフフフ……」
「ちゅ、中将、あの……」
西の大陸で荒稼ぎし、さらに格闘用のゾイドまで手に入れた元ディガルド武国軍中将ザイリン・ド=ザルツは、日に日にテンションを高くしていた。
―SS第14話、終わり―
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