BATTLE WITHOUT HONER OR HUMANITY
ルージ達にとっては久々のズーリ訪問は、3日目の朝を迎えていた。
「ルージ、まだ寝てるの?!」
朝、ルージの部屋の引き戸をノックするコトナ。
しかし、反応が無い。
戸は、あっさり開いた。カギ代わりのつっかえ棒は、していなかったようだ。
(この引き戸というのは、セキュリティの面では、考え物よね)
もっともルージ達にあてがわれた部屋は、ズーリの城の中でも奥まった一角にあるうえ、警備も厳重であり、そうやすやすと入り込める場所ではないのだが、世の中には、万が一ということもある。とはいえ、コトナにとっては、ありがたい状況だったりするのだが。
「コ、ラ、いつまで寝てるの?」
しかし、部屋にルージの姿は無く。
「??」
困惑するコトナの元に、今回のお世話係だという女性が現れた。
「ルージ様でしたら、早朝にお出かけになられましたよ」
「えっ、一体どこへ?」
「確か、藩のご重役方がお迎えになられまして、そのまま――ええと、最近新築された精密機器工場を見学とかおっしゃっていましたっけ?」
「ふうん……」
(そうきたか……)
ここまで来ると、笑うしかない。
ここまで、とにかく隙も見せないダ・ジン一派に、コトナは業を煮やしていた。
「しかし、よく短期間でここまで作り上げましたねえ……」
「そりゃあ、もう、わが藩主であるラ・カン公のご威光で以って、ソラシティの住人達の中から技術者を強制――ごほごほ」
「……」
――何があったかは、敢えてツッコまないルージである。
「こちらの部屋では主に研究開発を行っております」
「まあ、少ない設備の中、励んでくれてますよ」
彼らもかつての快適なソラシティでの生活が忘れられない。
それを少しでも取り戻そうと必死なのだろう。
「ルージ!」
「ミィ!」
「ここに居そうな気は薄々していたけど、相変わらず、こういう小難しいの好きよねえ」
「別にそれほど難しくはないと思うんだけどなあ……ところで、ミィはなんでここに?」
「ダ・ジン達が、キダに戻る前に、ここは是非とも見学して欲しいって、昨日からあまりにうるさいから……」
とはいえ、「偶然」ルージに会えたことに、嬉しさを殺しきれない。
「姫、折角ですから、ルージ殿と一緒に見学をされては如何ですか?本国に帰られてからでは、こういった機会もあまりないですし」
「わ、私は……」
「いいじゃありませんか、姫」
ダ・ジンのこういうところの押しの強さは天下一品である。
「ですから、これを取り敢えず10万分の一にまで縮小する技術を開発しているわけです」
「10万分の一ですか?!」
「それでもまだ大きすぎるくらいです」
「いわゆるナノテクノロジー、ですね?」
「まあ、そのようなものです。順調に開発が進めば、ごく近い将来には、ゾイドのオペレーションシステムを簡易に解析できるレヴェルにまで達することが出来るものと考えております」
「……」
とにかく、ソラシティから来た技術者は、地上の大多数の人々にとってのオーバーテクノロジーについて、淀みなく語りつづける。
元々彼はソラに居た頃も、こういう仕事をしていたのかも知れないが、あまりの立て板に水ぶりに、ミィなどは少し辟易気味である。
ここからは、もはやソラノヒトの独壇場というか、少し歩を進めては、いかにソラシティが、そしてそこに暮らしていた人々が、長年に渡り、技術その他を発展させてきたかという、一種の自慢話を交え、現在、開発に励んでいる技術が、素晴らしく、そして崇高なものであるかを、ここぞとばかりに語り続けた。
「――つまりのところ、我々の考え方からすれば、ゾイドを扱うのに、極端な適性の差が出ることは考えられないのですよ」
その長い問わず語りから、このフレーズが聞こえた時、ルージは鋭く反応した。
「え?!」
「要は、スイッチの場所が分かるか分からないか、というべきか」
「スイッチ?」
「んー、上手く表現は出来ないのですが、まあ、見ててくださいよ」
「あと、どれくらいかかるんですか?」
「そうですね、どんなに遅くとも10年以内には、パイロット養成プログラムのようなものは実用化できると思います」
「10年……ちょっと長いなあ……」
14歳の少年としては、偽らざる感想であろう。
それでも、それでも――である。
「ゼロ」では無いんだ――
それが分かっただけでも、ここに来た価値はあった、と思う。
「当面の我々の目標としては、オペレーションシステムと共に自律分散型の情報システムを開発し、この惑星全土に広げることです」
「つまり情報ネットワークで世界を繋ごうと」
「そんなの可能なの?」
ミィが怪訝な表情を浮かべる。
「可能です!実際に、あなた方も体験してきたじゃありませんか?」
「とにかく、オレとしては、これらが平和裏に使われていくことを望みますけどね」
今のルージならば理解が出来る。
文明の発展には、必ず負の側面があることを。
故に、ややネガティブ・シンキングになりがちなのは、いたし方の無いことか?
かつてのディガルドがそうであったように、文明の力を先んじて手に入れたものは、得てして暴走する。
それがこの惑星の歴史の中で繰り返されてきたのだ。
何も慌てることはない。
折角、一度、リセットされたのだから、うまくやり直せばいい、とも思う。
だが、運命とは時として残酷なもので、近い将来、ルージもまた猛スピードで発達する文明に巻き込まれていくのである……というよりは、既に本格的な貨幣経済や技術革新の洗礼を受け始めているといって良い状況にある。
「あれミィ、さっきから目がうつろだけど」
「お願い、もう少し、あたしにも分かりやすく話をして」
ミィがやられきっていた。
あの丸焼き姫のオーラは今いずこといった感じである。
「かなり、簡単に話をしてもらっているハズなんだけど」
「どこがよっ?!頭痛がしてきたわよ」
(コトナ達は、こんなのに毎日耐えているのかしら?)
このレ・ミィの想像には誤りがある。
つまりのところ、ルージもまた地元では自己を抑え付けているのである。
一応、ミロード村の長の後継ぎ候補一番手に居る立場上、内面に潜むマッドな部分を無意識のうちに隠蔽しているのだ。
簡単に言えば、ルージは今、タガが外れているのである。
さて、見学も一通り終えて、穏やかなる(?)ランチタイムである。
実は、どんな丸焼きが出てくるのか、と戦々恐々としていたが、出てきたのが、至って普通のキダ藩伝統料理だったので、心底ほっとしているルージだったりする。
「ミロード村は順調に復興しているのは良いとして、アンタは随分と好き勝手やっていたそうじゃない?」
「いや、別にオレは」
「あんまり面倒なことをコトナに押し付けるんじゃないわよ」
「そ、それは、コトナさんが――」
あ、これは、キダ藩がハラヤードに放った情報部員からもたらされた情報を元に、ミィ自身独自の解釈を加えての発言である。
しかし、ルージとしても、微妙に痛いところを突かれたようで、若干し返答に窮しているのである。
「ふうん、まあ、コトナにとっては、『カワイイ弟』みたいなものだろうし」
(注意)この部分、二重カギカッコ内は強調、である。
「……そうなんだろうね、多分。まだ、あの人にとっては頼りないんだろうな、オレ」
「そうね、お嫁さん、と、云わないまでも、カノジョの一人でも作れば、認めてくれるんじゃないの?」
「え、えええ?!」
ルージは、軽いパニックに陥った。
「オ、オレはまだ、そんな……」
「ばか……」
「あー、えー、ええと、とりあえず、この後のスケジュールは?」
何とか話題を変えて、気持ちを立て直すルージ。
「そうね、ここの見学が終わったことだし、昼ご飯を食べ終わったら、最終確認やら引継ぎやらして、明日の朝には、トラフに出発するわ。一泊の後、自由の丘へ、そこで一応の設営やら、何やらしたら式典よ」
何とも頼りないというべきか煮え切らないというべきか、そんなルージの反応に半ば呆れつつも、質問には答えるあたり、ミィも律儀である。
「そして、式典が終わったら、ここに戻ってきて、スグにキダへ戻る準備よ」
「休む暇ないじゃないか?」
「まあ、その……早く戻りたいのよ」
「そりゃあ、そうだろうね」
ルージが帰郷してから、更に一年近くの月日が経過しての故郷への帰還である。
その喜びたるやいかばかりか。
「やっと帰れるんだ、ね」
「待ちくたびれたわよ!」
「そうだろうね」
「これで……やっとご両親を、同じ場所に――」
「うん……そうね、やっと……」
遠い目をするミィを見て、ルージは、改めてミィが歩んできた長いく何の日々を慮った。
「ところで、ルージ殿」
そこへ、突如として現れたダ・ジンが衝撃の告白をする。
「?」
「実は――」
{??」
怪訝な表情を浮かべるルージに対し、ダ・ジンはあくまで淡々と――
「明後日の式典なのですが、ここにきて各方面から、ルージ殿にも、是非、お言葉を頂戴したい、と……いうか、むしろルージ殿が中心となって演説をしていただきたい、という要請がありまして……まあ、本来なら、最高司令官であった殿が、その立場になるのでしょうが、なんと申しましょうか、討伐軍内部だけでなく、旧ディガルド側からは特に強い要望がありまして――」
余談だが、ここでいう旧ディガルド側というのは、あの人物のことである。
更に云ってしまうと、ダ・ジンのここにきて――というくだりには、少々のウソがある。
ルージが来る事が決定した時点で、既に話は「詰められていた」のである。
「つまり、今夜、ルージは自分の部屋には戻らず、徹夜をする、と?」
コトナは怒っていた。
本当に怒っていたのである。
今夜、ルージは、ズーリの城内の書庫にこもって、キダ藩代々に伝わる書物(我々の世界でいうところの冠婚葬祭のマニュアルのようなもの)を参考にして、演説の原稿を書く――という話を秘書官の女性から事務的に伝えられた時、彼女はあくまでもにこやかに優しく微笑んでいたという。
「何せ、私も急に聞かされた話なものですから……」
確かに案件の重要さと唐突さ、そして緊急性を考えれば、伝える側にしたって多少の困惑は含まれる。
「分かったわ。それじゃあ、戻ったら、ご家老様に伝えておいて。くれぐれもルージにムリをさせないように、と」
あくまでにこやかに懇願するコトナであったが、その内心では、怒りが頂点に達しようとしていた。
秘書官が去ったあと、思わず、部屋の太い柱めがけて正拳を叩き込んでいた。
件の秘書官他、近くでその音を聞いたものによると、それはそれは鈍い音が建物の中に響いたという。
そのめりこんだ拳の跡は、きっちりと残り、後世に長く語り継がれることになる。
「うーっ」
そして、ルージは、思わぬ事態と難敵に、うめき声を上げながら、ズーリの夜は更けていくのである。
―SS第15話、終わり―
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