「ルージくんっ!」
ルージ達がトラフ入りし、その姿を見せるや否や、一人の男が猛烈な勢いで迫ってきた。
透き通るような肌、金髪、強烈な眼光、よく引き締まり、見る者を思わず惹きつける鮮烈なる容姿。
同時にどことなく高貴な雰囲気すら漂わせていた。
が、しかし、残念ながら、内に秘めていた高ぶる感情を抑えきれなかったようだ。
「ざ、ザイリン?」
「ふふふふふ、会いたかった、会いたかったぞ、ルージ君」
心無しが眼が色っぽく見えるのは気のせいだろうか?
しかし、あっという間にキダ藩精鋭によるセキュリティーチーム、さらに「チーム・ザイリン」の面々に止めに入る。
「な、何をする?!」
「ええい、ルージ殿に無闇に近づくな、元ディガルドっ!」
「中将、ドウドウ!抑えて抑えて」
「この私に手を触れるなー!――うっ!」
やがて、セキュリティーチームの一人によって、ザイリンの首筋に注射器が無慈悲に突き刺さり、と畜された牛のように崩れ落ちる。
「安心せい、ただの鎮静剤じゃ」
そう云う、ダ・ジンの口調は、まるで剣客である。
「まったく、油断もスキもあったものではないな」
「い、いくらなんでもやりすぎなんじゃ……?」
色々な意味で引いているのは、主人公のルージ・ファミロン君14歳である。
「旧ディガルドの上層部って、こんなのばっかりだったの?」
「えーと、ノーコメント」
レ・ミィの冷静なツッコミに対し、誰も答えない。
一応、「保護観察中」の身ながら、当事者ということでトラフに来ているソウタも、この件についてはスルーしたいようだ。
「はぁ〜っ」
ルージ君、前途多難?
After the War
翌日に式典を控えていることもあって、トラフの街は賑わいをみせていた。
元々反ディガルド側に居た者よりも、どちらかといえば元ディガルド所属の人間の方が多いようだ。
それもそのはずであって、この街が占領されていた当時の責任者であるボラー少佐のおかげで、比較的反ディガルド感情が薄いからであろう。
逆に云えば、他の街での占領政策が苛烈を極めたことの証でもある。事実として、戦役後、この街に住み着いた元ディガルド関係者は多い。トラフ自体も必要以上にダメージを受けなかったことから、戦役後も素早く立ち上がり、交易都市として、かつて以上の繁栄を迎えつつあったし、また時折、ズーリ経由でもたらされる技術革新の情報を求める各都市国家の人々の交流の場となっていた。
「あー、もう、うっとーしー!」
雷鳴のガラガのしつこいまでのアタックに、業を煮やしたコトナ・エレガンスは、眼にも止まらぬ速さで、ガラガの手首を取って一回転させると鳩尾に膝を落としていた。
「姉さん、そんなにイヤなら、いっそもう、トドメを刺しちゃったら?」
さらっと恐いことを云う双子の妹・リンナ。
「そうもいかないから、一層腹立たしいのよっ!」
といいながら、しっかりとガラガの顔面を思いっきり踏みつける。
「あら、どこへ行くの、姉さん?」
「買い物。気分も変えたいし」
「あの、コトナ様……彼はいかが致しましょう?」
そう訊くノーグの顔は、少し血の気が引いている。これがマンガなら、顔に縦線が入っているところだろう。
「あ、それ、ほっといたら?後で誰かが回収するでしょ」
「それもそうね」
「回収って、あの……(汗)」
とんでもない姉妹も居たものである。
「あら随分、珍しい香りね」
トラフの街の中心部から少し外れた場所に市場がある。
食料品だけではないく、数多くの物産が取引されていた。
香水といったものの類もその一つである。
「さすがトラフね。少なくともハラヤードあたりじゃ見られないものまであるわ」
「あら、これ、見たことない種類ね」
「ええ、最近、西のほうでは、流行りのようですが」
「少し香りを嗅がせてもらってよいかしら」
「試供品がありますので、こちらで」
「ふうん、姉さんって、こういうの、好きなんだ」
半ば呆れた様子で、リンナは云った。
「好きとかいうよりも、身だしなみというか――あ、これ、珍しい香りね」
「でしょう?」
「そうやってマキリとしての誇りを捨てて、年下の男を引っ掛けているわけね」
淡々とした中にも、かなりトゲのある言い方である。
「人聞きの悪いこと言わないで」
「お二人とも、ここでケンカはやめてくださいね」
最近はリンナの御守だけでも、かなりシンドくなってきているところに、キャラクターの強烈さなら妹をあっさり凌ぐであろうコトナが加わっているのだから、ノーグにしてみればたまったものではないだろう。こういう時、自分が生きる意味について考えさせられるらしい。
「リンナ、折角だから、あなたも思い切って買って使ってみたら?」
(コトナ様、あなた、何でそんな火種になるようなことを言いますか?)
「何を言っているの、そんなことをしたらマキリとしての仕事に差し支えが出るじゃない」
(ホラ!リンナ様は真面目なんですから!)
「仕事あるの?」
「えーと……」
「アイアンロックは崩れ去ってしまったけど、同時にあなたはマキリの使命から解放されたわ。これからはあなたも人生を少しは楽しまなきゃ!」
「享楽主義的なあなたと私は違うんですっ!」
「何を言っているのかしらね、この娘は。使命だのなんだのが大切ならば、これから先、きっちりといいオトコを捕まえて、子孫を繁栄させるのも使命じゃなくて?」
「う!」
(表現が直接的すぎます、コトナ様!)
かつて、アイアンロックという街には、暗殺者の一族が居た。しかし、街が滅びの龍=ギルドラゴンの復活により崩壊した今、確実にその存在意義を失っていた……ハズなのだが、その血脈は、なんだかんだと長く受け継がれることになる。
悪いことは続くもの。
姉妹が口論を始めたところへ事態を更に悪化させるような人物が登場するのだから、タチが悪い。
「やあ、誰が騒いでいるかと思えば、ルージ君が迷惑がるのも省みず、ミロード村まで付いていって、世話女房を気取っているらしいコトナ・エレガンスではないか?」」
「その言葉、極端な誤解と悪意に満ちているようにしか思えないんだけど!?」
「そうかあ?今、少なくともトラフでは、そういうことになっているが?」
もう、こうなると、誰が何をどうしていたか、詮索するのもバカらしくなってきた。
「そういうあなたこそ、二言目にはルージ君だそうじゃない?云っておきますが、ルージは極めて健全な男の子ですからっ!」
「ルージ君自身は健全でも、周囲に居る人物が、教育上好ましくない立ち居振舞いをしていては悪影響を及ぼすだろう?」
第三者からみれば、お互い、言葉を交わすのはほぼ初めてだというのに、凄絶なバトルと化している。
「そもそも姉さんは、自分の立場というものを考慮に入れてないのよ!」
「お三方とも!」
「だいたいあんな奴のどこがいいのよっ!?」
「アンタに、ルージの良さが分からないの?!」
「君には、ルージ君の良さが分からないようだな!?」
幸か不幸かコトナとザイリンの声がハモった。
「?!」
「どうしたの、ルージ?」
「何か妙な悪寒が」
「どれどれ……」
と、云いながら、何気なくルージの額に額を合わせるレ・ミィ。
「ミ、ミィ?」
「熱は無いようね……って、何、赤くなってんのよ、あんたは?!」
「いや、べ、別になんでもないよ」
「なんでもないってことないでしょ?」
そういうミィの頬も少し赤くなっていたりする。
「ホントに大丈夫なんでしょーねー?」
「大丈夫だよ」
「ただ、何せこういう演説とかは、あんまり経験ないし、緊張しちゃうなー、みたいな」
ルージの笑顔が心無しか引きつっている。
「あら、一年くらい前、さんざんやっていたでしょ?」
「そうだけど、あれは緊急時だったし」
「仮にも元総司令官代行だったんだからね、アンタは!もし、アンタがヘタを打ったら、叔父様も恥をかくのよ!そこをしっかり認識してもらわないと」
「分かってるよぉ」
「順調ですな」
「うむ、順調であるな」
そんな二人の姿を、こっそりと覗き見て、ほくそ笑むのはダ・ジン以下、キダ藩家臣団である。
そんなことが起きているとも知らず、市場では3WAYバトルは続いていた。
「ルージ君には無限の可能性が秘められているんだ!」
「フン、どんな可能性よ!」
「あなたもルージみたいな男の子に出会えば、分かるわよ」
「願い下げね!」
「ルージ君には、天下を治める力だってある!」
「あのねー、ルージは、そういうことには興味は無いの!ミロード村で静かに暮らしたいだけなんだから!」
「そうやって、縛り付けるようなことをするのはよくないと思うぞ。そもそもルージ君には、貴様のような女はふさわしくはない!」
バトルがエンドレスになりかかっている――というよりも、この調子でいくと店を壊されるような闘いに発展しかねないと見たか、ビビった店主が尋ねる。
「あのー、香水は……」
「買う!」
(結局、三人とも買うんかいっ!)
もうノーグは叫びたかった。
「――先の戦いにおいて、我々は余りにも多くの尊い人命を失いました。しかし、本当の戦いはまだこれからなのかも知れません。反ディガルド、反ジーンで戦った者、ディガルドの一員として戦った者の間のわだかまりは、なかなか消えることはないでしょう。その心の壁を乗り越えることが出来たとき、ジーンの起こした戦いは、本当の終結を見るのだと思います――長い長い時間が必要かも知れません。それでも、我々には、たとえ何度と打ちのめされても、希望を失わず、何度でも立ち上がり、荒廃してしまった世界を復興、発展させ、その日を迎える準備をする使命があると思います。俺も……今はゾイドを動かせない身ですが、そんな世界を作る力に、少しでもなれれば、と、努力していきます。だから皆さんも一緒に、一つ一つ試練を乗り越えて、少しでも多くの人々が笑って暮らせる世界を作っていきましょう――」
そのような中にあって、コトナ・エレガンスは、その20年に満たない人生の中でも、最大級の精神的鬱屈の中にいた。
思えば、ミロード村を出発してからというもの、何かにつけて、中枢から外され――つまりはルージに近づけない――それでも、しばらくのガマンと耐えに耐えてきたのだが、前日あたりからついに限界を超え始めていた……。
「さて、と、まず、改めて状況をおさらいしてみましょうか」
自由の丘でのルージ・ファミロンの記念演説は、それはそれは見事なものであった。
決して贔屓目ではなく、あの年齢で、そこまでのことをしてのける人間は、そういたものではない。
許されるのなら、本当に抱きしめてしまいたいくらいだった。
問題はそのようなことではない。
何故に、ルージは、キダ藩の正装に身を包むことになったのか?
奴らだ、奴らの策略に間違いない。
恐らく――ここからはコトナの個人的な推理の域を出ないのだが、ルージにキダ藩の正装を着用させることによって、藩主であるところのラ・カンの地位を維持しただけでなく、あくまでもルージは、ラ・カンの配下の存在であったことを印象付けるための作業だったのだ。
(そもそも、いくら私が付いていなかったといはいえ、あっさりと策に乗せられてしまうルージもルージだけど……)
そのあたりについては、ミロード村に帰ってから、じっとりと諭すから良いとして、とにかく、何か「反撃」をしなきゃ気が済まない。
幸い、トラフには一度戻って、数時間だが滞留する。
実は、ドサクサにまぎれて、ミロード村産の塩やアワビモドキ、フカモドキヒレなどの海産物の干物を売り、ちゃっかりと現金を手にしていたコトナである。
(そうね、また市場に寄っておきましょうか。何か「武器」になるものがあるかも知れないわ)
「ま、まずい、コトナがあの眼をした時は――」
雷鳴のガラガによれば、それは透き通るような眼だったという。
「間違いなく、どこかで惨劇が起きる!」
だが、それが後々自らにも降りかかるとは知る由も無いガラガである。
「よく知ってるわね」
リンナの物言いは、感心したというよりは呆れた、という風情である。
「あいつの魅力も十分に知っているが、恐さも知っている。まあ、その恐さもまた、魅力の一つなんだがな」
「アンタ、ひょっとして、ドM?!」
「なんだ、その汚らわしいものを見るかのような目つきは!?」
「自分がキレイな存在だとか思ってた、ひょっとして?」
「お、お、お、お前、そこまで言うか、そこまで!!」
ドタバタしながら、キダ藩一行は、トラフからズーリを経由して、遂に、遂にキダ本国への帰路につくことになった。
「じゃ、ギンちゃん、行くね」
「元気でね、ミィ」
「いつか、ギンちゃんもキダに――」
「うん、いつになるかは分からないけど、必ず――」
レ・ミィとソウタの間で、センチメンタルなシーンもあったのだが、書くと長くなりそうなので割愛。
一部のキダ藩家臣とズーリ定住を決めた者を残して、一行は旅立った。
キダ藩内は、ディガルドの占領後、各地に工場が建てられ、すっかり荒れ果ててしまったという。
工場の操業が終わって既に一年、空の色は元通りに戻ったが、一部土壌はすっかり汚れ果て、この先、回復するのにどれほどの時間を要するのか、いや、回復することが可能なのか、見当がつかなかった。
それでも、キダの地にしぶとく残った、あるいは藩主よりも一足早く、本国に戻ったキダの民は、日一日と着実に復興の歩みを進めていた。
「ルージ、見て!」
「あ!」
レ・ミィが指差す方向、そこは一面の田畑が広がっていた。
「この辺りは主にコメやムギを栽培しているの」
「これが収穫期になると、一面、黄金色になるのさ」
「ア・カン!」
次の瞬間、ア・カンがルージに抱きついていた。
少なくとも、この場にコトナが居たら、とんでもない修羅場になっていたのは間違いない。
何の事は無く、この期に及んでもルージとコトナは隔離されているのだ。
「久しぶりだな、ルージ。それから、レ・ミィ姫におかれましては、ご機嫌うるわしゅう――」
「なんかアタシ、おまけみたいね」
「そ、そんなつもりでは決して――」
珍しく動揺するア・カンの姿は妙に新鮮に映る。
「無敵団のみんなは元気なんですか?」
「ああ、今回はみんな、それぞれの持ち場で奮闘中さ」
ゲリラ集団・無敵団は、意外に高い任務遂行能力と、異様に高い生命力を買われ、新生キダ藩において輸送、兵站において重要な役割を任されるようになっていた。
「今回、アタシが、このグスタフのリーダー。兄者は殿が乗っているグスタフの護衛さ」
「それにしてもすごい風景だ……」
「そう、これがキダの民の命、魂の源よ」
長大な行列は、キダの都に向け、驀進していた。
―SS第16話、終わり―
トップページに戻る