「やっと……やっと帰ってきたのね」
ズーリを立って数日。
既に領内には入っていたが、自分が幼い頃暮らしていた街が見えてくると、レ・ミィの眼は、潤んでいた。
「豊穣なる地にして、私たちの故郷キダ。そして、ここが、その都さ」
この旅路では、比較的冷静に振舞っていたア・カンも喜びを抑え切れないようだ。
「ここがキダの都……」
ルージは、ただただその風景に見入っていた。
大陸の北方――キダ。
その元は、いくつかの都市国家が集まって出来た集合体だという。
その領域は広く、様々な風景が混在しているが、織物産業を中心に様々な農産、海産を産み出し、巨万の富を築いてきたという。
「――とはいっても、アタシは小さい時に出てしまったから、あんまり街のことは覚えてないんだけどね」
少しさびしそうに語るものの、ミィは目一杯に瞳を輝かせている。
「……」
ルージは、そんなミィの姿を見て、ただただ微笑んでいた。
「なによー、ルージぃ、アンタ、テンション低いわね。折角、連れてきてあげたのに、もう少し嬉しそうにしなさいよっ!」
といいながら、ミィはルージに、いきなり乙女のジャンピングニーパットを食らわせた。
「そ、そんなあ〜」
そんなかなり理不尽な光景を見ながら、ア・カンは(姫もまだまだ――)と苦笑いするしかなかった。
「都に入りますっ!」
どこからともなく声が上がる。
凱旋
凱旋の列が、キダの都に入ると、そこはもう、お祭り騒ぎ。
ラ・カン一行の乗ったグスタフの列が首都に差し掛かると、いつのまにか紙吹雪が降り注いでいた。
文字通りの「凱旋」である。
「すごい……」
大きな街といえば、ハラヤード、ズーリ、トラフなど、色々と見てきたルージだが、キダの街と、周囲の光景に圧倒されていた。
「なんて、なんて、大きな――」
これでも復興の中途だというのだから、恐れ入る。
「急ピッチで復興が進んでいるとはいえ、あと2、3年はかかるのかな?」
「え、まだ、これから凄いことになるの?!」
ルージは眼を丸くした。
「まあ、これから、世界はしばらく、我らがキダ藩を中心にして動いていくことになるはずだから、ひょっとしたらディガルド侵攻前よりも都は発展していくかも知れないな」
「あのズーリが、一年ちょっとで、あそこまでなっちゃうくらいですからね」
「果たして、それが良いことなのかどうなのか――」
一瞬、遠い眼をしたア・カンを見て、ルージは彼女が何を云わんとしているのかをうっすらながらと察していた。
「いやはや――」
こちらは、別の車両に乗っているロン、セイジュウロウら一行。
「ここまで来ると、笑っちゃうレベルになってくるね」
ロン・マンガンの顔には、単純な感動と若干の皮肉が混じった複雑な笑みが浮かんでいた。
「まあ、そう云うな、ロンよ」
そういうセイジュウロウもまた、圧倒されていたりする。
「この街にとっては、今日からが、本当のリ・スタートなんだ」
「リ・スタートできるだけでも良し、ってところね。それどころじゃなく、誰かさんのおかげでカンペキに崩壊させられた街もあるわけだし」
さりげなく、猛毒を吐くリンナ。
「気持ちはわからないでもないけどね」
フォローにならないだろうな、と思いつつも、しっかりフォローするロンである。
「ところで、コトナは?」
「不貞寝」
「ガラガは、相変わらず?」
「まあ、生きてるのが不思議なくらいだから……」
その事件はズーリを立って、最初の晩に起きていた。
食事後、いきなり雷鳴のガラガがダウンしたのである。
「当局」の公式発表は、「大方、どこかで拾い食いでもしたのだろう」(キダ藩関係者談)ということで「食中毒」ということになっているのだが、一服盛られたという説が一部で有力視されている。
それも標的はガラガではなく恐らく――
「悪かったな、生きてて」
ぬうっと、その巨体が姿を見せた。
「お、復活した」
「そんな目に遭いたくなかったら、これから少しは自分の食生活について考えることね、鈍感なお兄さん」
おっそろしくキツい口調でリンナは言い放ってはいるが、これでも彼女なりに心配し、いたわりの意味がこもっているのである。
「くっ!」
怒りの導火線に点火しかかったガラガだが、何とかこらえる。
何より、うかつに反撃に出て、何かしらでブッ刺される事態は避けなくてはならない。
ほうら、云っている傍からリンナが既に暗器を取り出す準備をしているぞ。
そうこうしている間に、一行は都の中央、藩主館に到着した。
周囲には多くの市民が詰め掛け、藩主の座に返り咲いたラ・カンが姿を見せるのを今か今かと待ち受けている。
果たして、ラ・カン、レ・ミィ、ルージらが正装の上、館のバルコニー様の場所に姿を現わすと、地響きのように歓声が沸き上がった。
言葉はもう要らなかった。
否、ラ・カンも何かしら用意していた筈であった。
しかし、眼前に広がる群集と、声を掻き消す歓声を前にして、ただ手を力強く挙げるしか無かった。
ルージもミィも、ただ圧倒され、ダ・ジンに促されるままに手を振るのが精一杯であった。
どこからともなく、万歳の声が上がると、何万に及ぶ人間が一斉に万歳の声を繰り返した。
街の中心部にある藩主邸は、それはそれは豪奢なつくりになっている。
ただし、調度品は、ディガルド軍が撤退の際、かなり持ち去られてしまったといい、この日に備え、新たに藩内の職人がフル稼働して製作、あるいはトラフなど外部から掻き集めてきたという。
「ま、私に言わせれば、ちょっと成金趣味ね」
――と感想を漏らしたのは、コトナとリンナのエレガンス・シスターズ。
それぞれ別のタイミングで語っていたというが、異口同音というべきか、何から何まで同じ反応だったので、偶然にも双方に居合わせていたセイジュウロウは噴出すのをこらえるのに必死だった、という話である。
藩主館内に入ってからも、「姫様の婿殿候補筆頭」であるところのルージは内部を案内され(連れまわされ?)、驚きの連続の中にいた。
そして、その中で何よりも彼を虜にしてしまったのは、最上階。
日本の城でいうところの「天守閣」からの眺望である。
「ズーリがあんなに小さく……と、なると、あれはトラフかなあ?」
藩主邸の最上階からの展望ときたら、まさに絶景、ひたすら絶景である。
ルージはファミロン家代々に伝わる望遠鏡で、夢中になって周囲、そして遥か彼方に広がる風景をひたすら眺めていた。
「ここから周囲を眺めていると天下を取ったような気分になりますね」
「そうでしょう、そうでしょう」
案内役(=ダ・ジンの腹心)が微笑む。
「そうかそうか、ルージ殿は喜んでおられるか」
「それはもう、大層なお喜びようで」
つまり、ダ・ジンらの「婿殿獲得計画」は、着実に展開されているのである。
「さて、今宵は宴じゃ、準備は進んでおるか?」
「それは、もう」
「藩内はもとより、藩外からも、最高の酒、最高の食材を調達、そして最高レベルの料理人、給仕人ならびに配膳人を用意いたしました」
「ふむ。それは当然として、式次第は?」
「式次第は、あくまでも内輪の宴ですから、あまり大げさにならない程度にするのが、よろしいでしょう」
「警備体制は?」
「タッ・カと、奴の配下の傭兵どもに申し付けております」
「適役だな。こうして無事に豪勢な宴が開けるのも奴らのおかげ。田舎の農民上がりの役人と筋の悪い傭兵連中にしてみれば、最高の名誉というものだろうよ」
と、いいながら、ダ・ジンは口をゆがめた。
「それから、何よりも重要な席の配置なのだが――」
「そこはもう、抜かりなく」
「決して、油断をするでないぞ!」
「御意」
ノリは殆ど、悪の組織と化しているのだが、本人たちはあくまで大真面目である。
「出たかったなあ……凱旋記念の晩餐会っていうの。部屋の片すみで、ほんとにささやかな酒とつまみさえ置いておいてくれれば良いんだよ。それなのにさ……」
「悪かったと思ってるよ」
「別にいいっすよ、私を含め『D機関』は、あくまでも傭兵集団の扱いで、この藩にとってはヨソ者ですからね、期待をしていたのがそもそもの間違いなのであって――それよりも、タッ・カ様に、散々無理難題吹っかけておいて、その結果が、この仕打ちですか?!」
事実、本来は勘定吟味役で畑違いであるにも関わらず、物資の調達を任されたタッ・カと、彼の私兵団とも呼べる「D機関」の面々は、表には出てこないが、八面六臂と云ってよい活躍であった。
限られた予算――もっとも、その予算を最初に設定したのは、タッ・カなのであるが――の中で、様々な物資が集まってきたのは、半ば奇跡に近かった。
トラフ、カトゥーン、ハラヤードといった表のルートでは、ヤクゥ&ドクゥのコンビと無敵団が活躍していたのだが、そこでまかないきれなかった分は、彼らが相当危ない橋を渡りながら、どこからともなく掻き集めてきたという。
とにかく、彼らの話だけでも書物が一本書けるくらいである。
「お前らだけでも、何とか押し込めると思ったんだがナ」
「じゃ、誰がこの街を警備するんですか?仕方がないです、我々は明日の晩にでも勝手に騒がせてもらいます」
「悪いが、そうしてくれや」
そんな少々荒れ模様になっている面々によって警備されながら、始まった凱旋の宴は、華やかながらも、そこはそれ、キダ藩らしく、質実剛健な雰囲気の下で進行していた。
「――で、なんで私がこんなに隅に追いやられているのかしら?」
この期に及んで、コトナらは、ルージやミィの居る席から、とんでもなく離れたところに配置されていた。
「色々事情があるんだ――はぐっ?!」
「アンタには訊いてない」
次の瞬間、ガラガの顔面に裏拳がめり込んでいた。
「姉さん、八つ当たりはよくないわよ」
「何を云っているのよ、アンタだって、ガラガをサンドバッグがわりにしているじゃない?」
「そ、それは、こいつがオイタをした時だけじゃない!」
何だかんだで、とんでもない姉妹である。
「こ、こいつって、お前、そこまで云うか?」
「まー、まー、皆様方、そんなにコーフンしないでください」
ノーグの苦労は絶えない。
一応、藩の役に就いているセイジュウロウ、現在はズーリに本拠を置く旧ソラシティの暫定統治委員会からの使者であるロンは、それなりのポジションに席が設けられていたから、まだ良いとして、実際、彼らの遠ざけられ方といったらなかったのである。
一方、ルージはというと――最上席で、落ち着かない様子である。
(政治的思惑が露骨に働いてるよね)
とは、ロン・マンガンの感想である。というか、ほぼ全ての出席者の共通認識であったのは間違いない。
「ちょっとお、こっちにお酒が回ってきてないわよっ!」
雷鳴のガラガやノーグが、「あっ」と思った時には、近辺にあったはずのアルコール類は全て無くなっていた。
コトナとリンナで、大蛇の如くのペースで酒を飲み干していたのである。
こうなれば、もう無敵である。最初は、二人とも大人しかったのである。
いや、本当に。
どうも話がルージのことに及んだ時から、雲行きが怪しくなった後、完全に生々しい方向に展開。既にガラガとノーグはどこかへと姿を紛れ込ませていた。
「だって、姉さんは本当なら、マキリの長として――」
「それは言わない約束よ」
「それなのにそれなのにー、ねえ、なんであんなのがいいの?!」
「あんなのって(汗)」
「私は姉さんに幸せになってほしいのよ」
既にリンナの眼は潤んでいる。どうやら、やや泣き上戸の傾向があるらしい。
「私は、私はね、姉さんのことが好きなのよー!」
「ちょ、ちょっと、いきなり、リンナ、リンナちゃんってば、そんな……」
その一方でルージはというと、緊張状態から徐々に解放され、マイペースに食事をしていた。
マイペース……ではあったのだが、周囲が「あっ」と思った時には、皿から全ての料理が消え失せていた。
この凄まじいまでの食欲については、後々まで伝説として語り継がれることになったという。
そんなこんなで凱旋記念の晩餐会も一応、つつがなく終わり、翌朝からキダ藩は、徐々に平常を取り戻していった。
もっとも、ルージは、その後も方々を連れまわされ、平常どころではなかったのだが。
「しかし、少々不気味ではありませんか?」
「何がだ?」
「あの女狐です。余りにも動きが無さすぎです」
確かに、都入りして晩餐会に参加した後、コトナは目立った動きを見せていない。不気味といえば不気味である。
「大方、諦めたのだろう?それとも、帰り道は大丈夫だと余裕を持っているのか?どちらにしても甘い考えというものよ。帰路も我々がきっちりと送り届けさせていただく。ついでにこれを機に、我が藩とミロード村間の定期交流便すれば、いよいよ以ってルージ殿は我が藩の手に落ちたも同然」
「真面目な話、ミロード村と繋がっておけば、ますますチャンスも広がりますしね」
「駐在員でも置くことが出きれば、いよいよこちらの優位にことを運べるようになる」
しかし、彼らは、数日後、コトナの沈黙の意味を思い知ることになる。
「い、いつの間に――!」
そこには、改装されレインボージャークウインドγとなったコトナの愛機が運び込まれ、鎮座していた。
「ち、沈黙の理由はこれだったのか……」
ルージの帰郷の日が近づくと、あくまでもミロード村まで送り届けるとする、ダ・ジン以下キダ藩側に対し、強硬なまでにレインボージャークで帰ると主張。
飛行型ゾイドの燃費や移動による疲労、旅程における安全などを理由に抵抗、あるいははぐらかし、さらになだめ透かしてきたのだが、改装された機体を前にして、今度はダ・ジンらが沈黙するしかなかった。
「これだったら5日、それどころか最短で3日もあればミロード村に帰ることが出来るハズよ」
「ロン・マンガン、もしや貴様が――?!」
「いや、だって、こっちとしては、頼まれたら断る理由が無いもの……それに僕だって、命はまだ惜しい」
かくして、その翌朝、ルージとコトナは帰郷の途につくことになったのである。
「えーと、こ、コトナさん、座る位置が後ろ過ぎませんか?」
「あら、そう?そんな感じはしないけどナ」
嘘である。コトナにしてみれば、ちょっとだけ座る位置をずらして意地悪をしているだけなのだが……。
「そんなにくっついたら――」
「くっついたら?」
「ええと、あの……」
どちらにしても、しばらくはルージの苦労が絶えることは無さそうだ。
―SS第17話、とりあえず、終わり―
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