Fire(0:31 mix)
凱旋から約半月が経過、キダの都は相変わらずの慌しさであった。
キダ藩主邸の藩士たちも、ズーリから帰還した市民たちも、そして新たにキダ藩を頼って移動してきた難民たちも、激しく動いていた。
そのような中でも、藩主邸のガレージ近辺は、周囲に比べればやや穏やかな時間が流れていた。
「機嫌、相当悪そうだね」
「そうだろうよ」
しばらくキダの地に残ることになったロン・マンガンが訊くと、雷鳴のガラガがぶっきらぼうに答える。
ここでロンが指しているのは、当然、あの少女のことである。
「そういう君も――」
「良くはないよな」
「だよねえ」
街の喧騒をよそに、セイジュウロウ、雷鳴のガラガといったキダの地を発つつもりの面々は旅立ちの準備をしていた。
(まずは故郷には戻ってみるが――)
思わず溜息が漏れる。おそらく、ガラガをはじめとする大多数は、再び茨の道を歩むことになるのだろう。
「まあ、君にしてみれば、ルージとミィがくっつくのが理想のパターンなのだろうけど、ルージにも選ぶ権利はあるからねえ」
「確かに、あのミィとまともに付き合おうと思ったら、度胸と覚悟と狂った精神が必要だろうからな」
「それはあながち間違いではないと――」
その瞬間、ガラガとロンの体を焔が舐めた。
「ぎゃちいいいいいいいいいいいい!」
「何と何と何が必要ですって?」
一瞬の笑顔の後、追い討ちのビッグファイヤー!
「あちいいいいいいいい!焼ける焼ける!」
「み、ミィ、いつからそこに?」
もはやスイッチの入ったレ・ミィは質問に答えない。
「味付けは塩とレモン♪今日の夕飯は、ガラガとロンの塩焼きよー(はあと)」
「いやああああ、しみるううううう」
「焼き物にはちゃんと串も打たないとね(はあと)」
「うわあ、なんで竹串なんぞ持ち歩いているんだ、お前は!?」
「それは人に刺すもんじゃないから!」
「うるさいっ!」
「うっぎゃあああああ!」
「待ちなさい!」
「待てないって!死んじゃうって!」
「人が気を遣って、おやつを持ってきてあげれば、アンタたちは〜!!」
「ひいいいいいいいいいいい!」
もっと哀れなのは、そばにいただけで、火炎噴射に巻き込まれたセイジュウロウである。
さしも達人も丸焼き姫のあまりの勢いに、逃げ損ねてしまったらしい。
お得意のセリフを発するまでもなく、突っ伏していたりする。
えーと、まあ、これはこれでキダは平和なのかなあ……。
幸い、ガラガとロンに比べて、軽いやけどで済んだセイジュウロウは、翌々朝に発つことになるのだが、そこでまた一波乱が起きたりする。
「いいんですか、私のレインボージャークだったら、ひとっとびですよ」
「いや、大丈夫だ」
「向こうに着いたら、そのまま一緒に暮らすんですから別に構わないじゃないですか?」
さらりととんでもないことを口走るリンナ・エレガンス。
彼女にしてみれば、精一杯の告白だったのだが――
「じ、実はな……その、婚約者が居るんだ……」
「え?」
「えええええええええええ?!」
「それは初耳だねえ」
「待ってくださいよお、それ、なんの冗談ですか?セイジュウロウ様ぁ」
「お、お館様、あ、しっかりしてください!」
ウソかマコトか、セイジュウロウの思わぬカミングアウトにリンナと周囲に居た一同は騒然となった。
「ちょ、ちょっと待て、そんな話、聞いてないぞ」
「ああ、今、初めて話した」
「無口にも程があるよね」
そんな周囲の混乱をよそに、愛機に飛び乗ると、
「ガラガ、ロン、ラ・カン、ミィ、そしてキダの人々よ、しばし、さらばだ!機会があれば、いずれまた会おう!」
とだけ言い残し、旅立っていった。
「ちょっと待て、話はまだ終わってないぞ」
「どういうことだ」
「お館様、おやかたさま?」
リンナは硬直、ガレージには怒号が飛び交い、そのまま朝っぱらからアルコール付きの集会が始まったのは言うまでも無い。
さて、その頃、ルージ達はというと――
「うぎぎぎぎぎぎ!」
「ほうら、ルージ君、これはどうかしら?」
「こ、コトナさん、い、痛いです」
満面の笑みを浮かべるコトナ・エレガンスに、ルージは恐れおののいていた。
「ダ、ダメ、もう、オレ……」
その笑顔の向こうのオーラに完全に気圧されていた。
それはまるで狩りをする牝豹のようですらあった。
「ふふふ……こーんなに固くしちゃって」
「ひっ、ひいぃぃ」
コトナの言葉責めと白魚のような指の動きは止まらない。
「もう、カンベン、して、くだ……さい」
「ダメよ!」
ルージの必死の懇願は、あっさり却下。
「こら、ジタバタと動かないのっ!」
懸命の脱出を図るルージだが、コトナの的確な体重移動によりそれもままならない。
「かの英雄ルージ・ファミロン君もすっかり形無しね」
「だって……」
「だってもなにも、とても10代前半の男の子の肉体じゃないわよ!首、肩、腰、全身ガチガチに張りまくっているじゃない!」
単に肉体的な疲労ではなく、ズーリ、キダと、ルージにとっては堅苦しい生活が続いたことによるストレスが、余計に症状を悪化させていたのだろう。
「『ムリはするな』と何度云ったら、君は理解するのかなあ?」
「あぎいいいいいいい!」
とはいえ、もし仮に自分がその立場だったら(やっぱり振り回されっぱなしになるんだろうなあ……)とも思うコトナである。
「ひいいいいいいいい!」
キダの都を発ってからというもの、ルージは何かに憑かれたように眠りつづけていた。
コトナとしても、色々と楽しみにしていたらしいのだが、そういう展開にはついぞならず、業を煮やして、温泉地で逗留することになったのだ。
「じゃ、ルージ、私は一風呂浴びてきますから」
「あううう」
もはや真っ白になって横たわるルージ。
エクトプラズムが見えるような見えないような。
セイジュウロウがキダを発ち、帰郷するという情報は、街道伝いに早くもカグラックの街に伝わっていた。
「それは確かな情報なのか?」
「かなり信頼できる消息筋からの情報だ」
「つまり時は来た――って、ところっすか?」
「こいつぁ、また、世の中、面白くなりそうだぜ」
カグラックの街の中心部から少し外れた歓楽街の一角にある、少々客単価が高めの飲食店の隅に、カタギの世界からは微妙にズレた感じの面々が溜まって色めき立っていた。
少なくともカグラックの者な知らぬ者は居ない男が帰ってくるのだ。
それは同時に、新たなステージの始まりを意味していた。
「ゾイドバトル、やっちゃう?」
「戦争が終わって、ある程度、街も立ち直ってきたし、そろそろ頃合でしょう」
「でも、ゾイド乗り、だいぶ死んじゃったんだよねえ……」
「思うようなメンバーが集まるかどうかだな」
一瞬、空気が重くなる。
「この街の住人も、中止が続いて、そろそろゾイドバトルに飢えてきているし、そろそろ復活させたいじゃない?」
「なるようになるしかない、か」
かくいう、ここに集っている面々はゾイドバトルを見るのが大好きで、それが高じて、あるものはゾイド乗りとして、あるものは企画屋として、またあるものはブックメーカーとして、関わってきたのだ。
自分たちの「愉しみ」のためなら、なんでもやってしまうような異様なバイタリティの持ち主たちなのである。
「セイジュウロウが選手として復活すれば、彼を倒そうと世界各地から勝手に猛者どもが集ってくるさ」
かくして、世界はまた新たな局面を迎えつつあった(?)。
―次回へ続く、らしい―
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