Youth Gone Wild



 山国であるこの地方では、古くから林業や養蚕などが盛んであったという。
 しかし、ディガルド戦役、それに続くジーン戦役により、山も麓の町も荒れ果ててしまい、今、ようやく復興が始まったところである。

 今日もまた、木こり達が、森を整え、あるいは木を切り、山から麓へ下ろす作業をしていた。
 この時期、ここで原木は、建材として、また調度品の材料として、かなりの高値で取引をされていたという。
 そのような中、一人の巨大な体躯を誇る男が、樹齢百年に及ぼうかという木に立ち向かっていた。
 しかし、そこへ、いきなり後ろから何かが飛んできた。
 その巨体に似合わず、すばやい動きでかわす男。
 この男、「雷鳴のガラガ」と呼ばれ、かの戦役では一度、自らの私兵集団は壊滅に追いやられるも、その後、キダ藩を中心にした討伐軍の中心人物として活躍、この地上に大いに名を知られた男である。

「あぶねえなあ、おい」

 余裕のガラガである。

「そりゃ、当てるつもりで投げたのだもの」

 物騒な人間も居たものである。

「で、何の用だ?」

 振り返ると、そこには、後に、惑星Ziでも五本の指に入る美女と称された双子の姉妹の妹、リンナ・エレガンス――またの名を「阿修羅のリンナ」が立っていた。

「うっ」

 突然、半べそになるリンナ。
 一瞬、(かわいい)と思ったガラガに隙が出来た。
 
 次の瞬間には、すばやく背中に飛びつかれ、喉元に短刀が突きつけられていた。

「て、てめえ?!」

「私ね、あなたを見込んで、お願いがあって、こうしてわざわざ、こんな山の中に来たの」

 あくまでリンナの声は穏やかである。
 穏やかではあるのだが……。

「なあ、これが、人にお願いする態度か?」

 正論である。
 しかし、さらにリンナの腕がガラガの腕にからみつき、じわじわと痛めつける。

「ねえ、今度、復活するゾイドバトルトーナメントに出ない?私、あなたのマネージャーやってあげるから、賞金山分けでどう?」

「いきなり現れて、山分けとは、随分な言い草だな、おい?そもそも、お前の下僕のアレはどうした?」

「放浪の旅に出るとか云って、逃げやがったのよ!」

「お、お前の大好きなセイジュウロウ様だっているだろうよ?」

「婚約者……」

「あ……」

 どうも触れてはいけないところに触れてしまったようで、リンナの眼に涙がじわじわとあふれてくる。

「うっわあああん!」

 突然泣き出したかと思えば、ガラガを力の限りド突きまわすリンナ。

「ぎゃ、ちょ、お前、顔はやめて!」

「19歳よ、19歳!殆ど犯罪じゃないの!」

「それより年下のお前が言うな、お前が」

「うるさい!」

 なおも、容赦の無い暴行を加える。

「うわああああああああ!」

「これでー、腕とか切ると、血がピューっと出てー、痛いよねー?うふふ」

「ノコギリは人を切る道具ぢゃなーーーい!!あ、ぎゃああああああああ!!!」

 約10分に及ぶ死闘(というより一方的な暴行)の末、二人の間に契約が成立した。

「わかった、わかったから、賞金山分けでも何でもいいから、その武器の数々をしまってくれ」

「最初から、おとなしく私の云うことを聞いていれば、よかったものを」

 どういうわけか、ことガラガ、そして遠く南の国にいるルージに対しては、どこまでも不遜なリンナである。
 ただ、この「契約」が後々、二人にとんでもない展開をもたらすのだが、これはまた別の話なのである。

「しかし、この騒ぎの中、誰も助けに来ないとは……」

「あなたの人徳の無さを如実に示してるわね」

 それ以前に、ガラガほどの人物が、美しすぎる人間凶器に襲われているという状況下で、危険を冒してまで助けに入ろうなどという奇特な人物は、そうは居まい。

「それはそうとして、お前、どうすんだ、ここらの木をメチャクチャに倒しやがって……」

「あら、別にいいじゃない。どうせいつかは伐採するんでしょ?私がその手間を省いてあげたんだから、ありがたく思ってよね」

 その瞬間、雷鳴のガラガの中にあるスイッチ的な何かがONになった。

「今、なんつったおまえ?!」

「え、え?あ、あの、ガラガ?」

 明らかに先ほどとは違い、オーラすら漂っているガラガの姿に、リンナはたじろぐしかない。

「あの、人間、変わってないですか?」

 リンナとしては、相手に気圧されているのだがl、それでも何とかして強気を保とうとしたのだが――。

「正座!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 その後、林業の重要性や在り方についてをテーマにしたガラガの説教は、リンナが泣こうがわめこうが、2時間に及んだという。



「姫、今からでも、お考え直し下さい!」

「何言ってるのよ、出るったら、出るの!もう、エントリーシートは送って、書類審査もパスしたんだから!」

「しかし!」

「しかしもかかしもおかしもないわよ!」

 場所は思い切り変わり、キダ藩主邸もまた、ただならぬ状況にあった。

「いくらルージ殿が招待されているからとはいえ、姫自ら、ゾイドバトルに出場などということは、この爺が――」

「黙りなさい」

「我が藩には、ティ・ゼ以下、腕自慢が多数おります。何も姫自ら出場なさることもありますまい。それに万一の事態となりますと――」

「だから、黙れ」

「もはや、何を云っても無駄のようでございますね……」

「あ、自決するなら、ヨソでやってね、邸の中でやられると後が大変だから」

「姫ぇ、そんなぁ」

「あたしはルージにね、誰が強いか分からせてあげたいの。それに――」

「それに?」

「私のランスタッグが、『生き血をすすりたい』って、事あるごとに私に囁くのよ……」

 と、云って、うふふと微笑むレ・ミィの表情を見て、背筋が寒くなったダ・ジンは、それっきり何も云えなくなっていた。
 その一方で、藩の威光を内外へ示そうと、別働隊として数名をエントリーさせておくあたりは、面目躍如といったところか?



「続々とメンバーは揃っているようだな」

「そのようであります、中将殿」

 大会の開催を聞きつけるや、万全の態勢で臨むべく、ザイリン一行は、カグラック近郊に拠点を作り、日々準備を進めていた。
 多数のスタッフを抱え、このような一連の動きを見せることは、ゾイドバトル大会が創設されて以来、異例中の異例である。

「ソウタは現時点で保護観察中の身で出場は不可能。となると、あのセイジュウロウの他には、現時点で主だったところといえば、デカブツに丸焼き娘、長髪ヒゲオヤジくらいなものか?」

「まさに敵無しですね」

「せめて、ルージ君に匹敵する乗り役に出会えれば良いのだがな……」

「また、『ルージ君』ですか?」
 
 秘書の口調から、若干呆れているのが分かる。

「大会事務局は、来賓として迎えるべく招待状を送ったらしいが、是非ともルージ君に、私がゾイドバトルの覇王として君臨する姿を見てもらいたいものだな。それに――」

「それに、何でしょうか?」

「大会が始まれば、それこそ世界中から、人々が集まる。私の眼鏡にかなう女性にも出逢いたいものだ」

「はい?」
 
 一瞬、疑問を挟みそうになったが、すぐに気を取り直し、「そうですね、中将もそろそろ身を固められてもおかしくない年齢ですし。そうですかそうですかザイリン中将殿にも結婚願望というものがおありでしたか?」

「何を云っているのだ、貴様は!私が捜しているのは、ルージ君にふさわしい女性だ!あの双子の雌狐の片割れと、丸焼き娘、いずれに預けるにしても、あまりにも不安が大き過ぎる。ここは、私がルージ君を任せるに値する女性を見つけ出さなくてはならないだろう。何せ、彼は若干、人が良すぎて、心配が尽きん」

「……」

 (あんたは、世話好きのおばさんか?!)とツッコミを入れる気力すら失せた秘書であった。



 さて、本人のあずかり知らぬところで、身辺があわただしくなっている我らがルージ君は、というと――。

「うーむ……」

 この時期としては、恐るべき速度で届けられた招待状とにらめっこしながら、ティー・タイムを過ごしていた。

「ルージ、にらめっこするか、お茶を飲むか、どっちかにしたら?」

 折角の焼き立ての菓子が冷めてしまっては――、と意味も込めて、コトナがたしなめる。
 年齢の割には、悩むことの多いルージではあるが、それにしても今回については決断が鈍い。

「先方としては、よほど来て欲しいんでしょうけどね」

「それは復活第1回目だもの。英雄ルージ・ファミロンを招いて盛大に開催したいんでしょうね。みんなルージのことを利用することだけには一生懸命なんだから」

 そういうコトナの台詞の後半部分には、猛毒が含まれているのは云うまでも無い。

「しかし、二週間以上も大会が続くんですか?」

「規模がとてつもないもの。一次予選、二次予選、三次予選、最終予選、以降、休みを挟みながら本選一次リーグ、二次リーグをやって、最後は8人で決勝トーナメント。まさに世界で最も過酷な大会だけど、その代わり得られる金銭や名誉も破格。大会期間中は大小様々な賭けも行われたりするしで、そこら中から観光客が集まって、あの辺の地域では、まさに最大のイベントよ」

「コトナさん、さすがに詳しいですね」

「まあ、ね」

「うーん、行きたいのはヤマヤマだけど、こないだキダ行ったばかりで、また家を長く空けるとなると――それに作物の収穫時期も近いし、何よりも母さんの機嫌が……」

 別にマザコンというわけではないにしても、それくらいの空気は読んでおきたいルージである。

「とはいえ、折角の機会だから、決勝トーナメントくらいは観たいとか思っているでしょ?」

「へ?」

「それくらい、分かるわよ」

 当然、といった面持ちのコトナである。

「任せて。他ならぬルージのためだもの♪」

「あ、あのぉ?あ、ちょっと、わ!」

 コトナにフルパワーで抱きしめられながらも、今回の件が、コトナとリンの間で新たな火種になるのは必至と思うと、ルージは少々憂鬱になってしまうのであった。



 そして、いよいよ決戦の時は来た――!!


―SS第19話、終わり―